概要
ウクライナのクリミア(タウリカ)半島南端、黒海北岸のケルソネソスに残る古代ギリシャ都市と農地の遺跡です。紀元前5世紀にドーリア人が築いた都市と、チョーラと呼ばれる長方形に等分された農地が一体で残り、都市生活と土地利用の結びつきを伝えます。
見どころ
黒海を望む古代都市
海辺に残る石造の街路や建物跡から、紀元前5世紀にドーリア人が築いた都市の構成と黒海世界とのつながりをたどれます。
長方形に区画されたチョーラ
低い石垣が幾何学的に農地を区切り、都市住民の生活を支えた古代の土地利用計画を地表の線として読み取れます。
地理
遺産はクリミア半島南端のケルソネソス、黒海北岸に位置します。海岸の古代都市遺跡に加え、内陸にはチョーラと呼ばれる農地が広がります。チョーラは土地を等分し、長方形に区画したもので、都市の食料生産と農村景観を計画的に結びつけていました。
都市の石造遺構と規則的な農地境界が同時に残るため、古代ギリシャの植民都市を建物だけでなく、その周辺の土地利用まで含めて理解できます。基準(v)が対象とする伝統的集落・土地利用と人類と環境の交流を、古代の空間構造として示す遺産です。
歴史
紀元前5世紀、ギリシャ系のドーリア人がケルソネソスに都市を築き、黒海北岸の拠点として発展させました。都市の周囲には長方形に等分した農地チョーラが整備され、都市と農業生産の結びつきが形成されました。2013年、都市と土地利用を通じた価値観の交流を示す基準(ii)と、伝統的な土地利用の顕著な見本である基準(v)によって文化遺産に登録されました。
2014年、ウクライナの政変に乗じてロシアがクリミア半島を一方的に併合しました。さらに2022年に始まったロシアによるウクライナ侵略でもクリミア周辺で戦闘が起こり、遺産の保全が懸念されています。1954年採択・1956年発効の武力紛争の際の文化財の保護に関するハーグ条約は、第二次世界大戦中の文化財略奪・破壊を背景に、国際紛争・内戦・民族紛争から自国と他国の文化財を平時・有事とも守ることを求めます。1954年の第1議定書と1999年の第2議定書による一般保護・特別保護・強化保護の三体制があり、保護対象はブルーシールドで示されます。
