概要
ポーランド南部のオシフィエンチムに残る、ナチス・ドイツ最大の強制・絶滅収容所跡。第1収容所と第2収容所ビルケナウの建造物や線路、ガス室・焼却炉などが、ユダヤ人をはじめ多数の人びとが犠牲となったホロコーストの非人道性を伝える。
見どころ
第1収容所の煉瓦棟と有刺鉄線
1940年に建設された第1収容所には、煉瓦造りの収容棟、二重の有刺鉄線、監視施設が残る。強制収容が日常化された閉鎖空間を具体的に伝える。
ビルケナウ門楼を貫く鉄道引込線
1942年に完成した第2収容所ビルケナウでは、赤煉瓦の門楼へ線路が一直線に延びる。ヨーロッパ各地から人びとを移送した収容・殺害の仕組みを示す象徴的景観である。
地理
遺産はポーランド南部のオシフィエンチム(ドイツ名アウシュヴィッツ)にあり、1940年に設けられたアウシュヴィッツ第1強制収容所と、隣接地に築かれた第2強制収容所ビルケナウからなる。
保存された要塞壁、有刺鉄線、鉄道の到着ホーム、煉瓦・木造の収容棟、絞首台、ガス室、焼却炉は、ナチス・ドイツによる組織的な大量殺戮が行われた空間構成と収容の実態を示している。ビルケナウでは赤煉瓦門楼の中央を鉄道引込線が貫き、ヨーロッパ各地から人びとが送り込まれた経路そのものが残る。
歴史
第二次世界大戦中の1940年、ナチス・ドイツはアウシュヴィッツ第1強制収容所を建設した。1942年には隣接するビルケナウに第2収容所が完成し、ヨーロッパ各地から人びとが移送された。その多くはユダヤ人で、強制収容、飢餓、拷問、殺害が組織的に行われた。UNESCOの登録説明は、歴史研究に基づき犠牲者を約150万人としている。
ホロコーストの実態は、生存者の証言によって戦後に明らかにされ、世界へ大きな衝撃を与えた。1979年、収容所跡は登録基準(vi)で世界遺産に登録された。戦争・人種差別・大量殺戮という人類の過ちを記憶し、繰り返さないための教訓とする負の遺産の代表例である。ただし「負の遺産」は世界遺産条約上の正式な分類ではない。
