概要
1919~1933年に活動した総合造形学校バウハウスの理念と実践を伝える、ドイツ三都市の建築群。デッサウ校舎をはじめ、教育施設、住宅、集合住宅が、芸術と工芸を建築へ統合し、20世紀のモダニズムと機能主義を世界へ広げた歩みを示す。
見どころ
暮らしを実験したハウス・アム・ホルン
1923年の展覧会に向けて建てられた、小さな白い立方体の実験住宅。中央の居間を高くして周囲に個室を配し、住まいを総合造形として設計するバウハウス初期の理念を示す。
斜面と一体になるベルナウの労働組合学校
森の斜面に赤煉瓦とガラスの棟を段状に置き、学習、食事、宿泊を滑らかな動線で結んだ学校建築。機能主義を社会改革へ結びつけた2017年追加資産の要である。
地理
遺産はドイツ中部のヴァイマール、デッサウ、ベルナウという三都市に分布する。ヴァイマールには旧美術学校・旧工芸学校と、1923年の実験住宅ハウス・アム・ホルンが残る。デッサウでは、巨大なガラスのカーテンウォールをもつ校舎、教師たちのマイスター住宅群、簡素なバルコニー付き集合住宅群が、教育・制作・生活を一体で考えた空間をつくる。ベルナウのADGB労働組合学校は、森の斜面に沿って学習・宿泊棟を段状に連ねた施設である。
各建築には、装飾を抑えた幾何学形、鋼・ガラス・鉄筋コンクリートの合理的な使用、用途に応じた平面計画が共通する。ただし同じ形の反復ではなく、住宅、学校、集合住宅という用途ごとに、光、動線、共同生活をどう整えるかを実験した点に価値がある。
歴史
1919年、建築家ヴァルター・グロピウスはヴァイマールに総合造形学校バウハウスを創設し、1928年まで初代校長を務めた。名称はドイツ語で「建築の家」を表し、中世の建築職人の作業組合バウヒュッテ、すなわち「建築の小屋」に発想を得たものだった。グロピウスは開校にあたり、あらゆる造形活動は完全な建築へ結実すべきだという理念を掲げ、絵画、彫刻、工芸の工房技術を建築へ統合しようとした。一流の芸術家を教授に招き、芸術と産業、手仕事と量産の新しい関係を探った。
政治的圧力を受けた学校は1925年にデッサウへ移り、翌年にはグロピウス設計の新校舎が完成した。その後ベルリンへ移ったが、1933年にナチス政権の圧力で閉鎖された。活動期間は短くても、その教育者や学生が各地へ移ったことで、機能主義とモダニズムの考えは世界の建築・デザインへ広がった。
1996年、ヴァイマールの校舎群とハウス・アム・ホルン、デッサウの校舎とマイスター住宅群が登録された。2017年には、簡素な設計と社会住宅の理念を示すデッサウのバルコニー付き集合住宅群と、ベルナウのADGB労働組合学校が加わり、バウハウスが社会改革へ向けた実践でもあったことが明確になった。
