概要
奈良県斑鳩町に残る法隆寺と法起寺の48棟からなる文化遺産。7世紀後半から8世紀初頭の建物11棟を含む世界最古級の現存木造建築群で、中国・朝鮮半島から伝わった仏教建築が日本の文化と結びつき、独自に展開した過程を今に伝える。
見どころ
金堂と五重塔が向かい合う西院伽藍
東の金堂と西の五重塔を回廊が囲む、左右非対称の法隆寺式伽藍配置。飛鳥時代の木造建築と仏教美術が一体となって残る中心景観である。
斑鳩宮跡に立つ八角円堂・夢殿
厩戸王の斑鳩宮跡に営まれた東院伽藍の中心。八角形の堂内には救世観音菩薩立像を本尊として安置し、唐文化の影響も伝える。
地理
斑鳩の穏やかな丘陵地に、法隆寺の47棟と法起寺三重塔が点在する。法隆寺は西院と東院の二つの伽藍群に分かれ、西院では東の金堂と西の五重塔を回廊が囲む法隆寺式伽藍配置をとる。高さ31.6mの五重塔は上層ほど屋根と塔身が小さくなり、中央のヒノキの心柱は各層の骨組みから独立して揺れを受け流す構造を持つ。
金堂・五重塔・中門には、雲形組物、中央がふくらむ胴張りのある柱、卍崩しの高欄など飛鳥様式の意匠が見られる。柱のふくらみはエンタシスとも呼ばれ、シルクロードを経た建築文化とのつながりを考える手がかりにもなっている。中門の阿形像は塑像による現存最古の金剛力士像とされ、金堂には釈迦三尊像・薬師如来坐像・阿弥陀三尊像、東院の八角円堂である夢殿には本尊の救世観音菩薩立像が安置される。法起寺は塔と金堂の位置が法隆寺と逆で、706年完成とされる現存日本最古の三重塔が残る。
歴史
法隆寺の前身は、607年に厩戸王(聖徳太子)と推古天皇が建立した若草伽藍(斑鳩寺)とされる。厩戸王は574~622年に生き、冠位十二階、遣隋使の派遣、仏教興隆などを通じて集権国家形成の基礎を築いた人物で、「聖徳太子」は後世の呼称である。670年の火災後に再建された西院伽藍には北魏系の様式が見られ、8世紀に斑鳩宮跡へ営まれた東院の夢殿や伝法堂には唐文化の影響が表れる。こうした違いは、中国から朝鮮半島を経てもたらされた仏教建築が、日本で受け継がれ変化していく時間の層そのものだ。
法起寺は聖徳太子の遺言に基づく寺院を起源とし、三重塔は706年に完成したと伝わる。1949年には法隆寺金堂の解体修理中に火災が起こり、壁画などが焼損した。この出来事は文化財保護の機運を高め、翌年の文化財保護法制定につながった。1993年、姫路城・屋久島・白神山地とともに日本で最初に登録された世界遺産の一つとなった。
