概要
ポーランド南西部の旧シレジア地方に建つ、ヤヴォルとシフィドニツァの2つのルター派教会。三十年戦争後、カトリックのハプスブルク家の支配下で厳しい条件を受けながら、石を使わず木と土で築かれたヨーロッパ最大級の木造宗教建築であり、宗教の自由と平和を求めた歴史を伝える。
見どころ
ヤヴォルの巨大な木骨造教会
白い土壁を暗い木の骨組みが支え、大屋根の下に広大な礼拝空間を収める。石造を禁じられた制約を、精緻な木組みと大規模建築へ転換した技術が見どころである。
シフィドニツァの壮麗な木造内部
何層もの木造桟敷に聖書画が連なり、説教壇と祭壇には豊かな彩色と金色装飾が施される。プロテスタントの礼拝堂にカトリック的な壮麗さが共存する独特の空間である。
地理
2つの平和教会は、ポーランド南西部のドルヌィ・シロンスク県、かつてのシレジア地方にあるヤヴォルとシフィドニツァに分かれて建つ。いずれも大規模な礼拝空間を、木の骨組みと土・藁を用いた壁で実現した。
外観は白い壁に黒褐色の木組みが走る巨大な木造建築で、内部には多層の木造桟敷席がめぐる。限られた敷地と材料でも多数の信徒を収容でき、ヨーロッパ最大の木骨造宗教建築群とされる。
歴史
三十年戦争は1618~1648年、神聖ローマ帝国内のカトリックとプロテスタントの諸侯の宗教対立から始まり、ドイツを中心に続いた。1648年のヴェストファーレン条約後、カトリックのハプスブルク家が支配するシレジアでも、ヤヴォルとシフィドニツァには例外的にプロテスタント(ルター派)の教会建設が許可された。
ただし砦として使われないように石造を禁じられ、木と土という伝統的な材料と技法で建てなければならなかった。建築家と職人はこの制約を大空間を支える木骨構造へ転換し、清貧を重んじるプロテスタント教会でありながら、内部に彩色、彫刻、金色装飾を備えたカトリック的な壮麗さを生み出した。その誕生の背景から「平和教会」と呼ばれ、ルター派の信仰、宗教の自由を求めた努力、戦争後の和解を伝える。
消滅の危機に直面した宗教的伝統の独特な証拠として登録基準(iii)、木骨造で巨大な宗教空間を実現した建築技術の顕著な見本として(iv)、宗教の自由と平和という思想に直接結びつく遺産として(vi)が認められ、2001年に世界遺産に登録された。
