概要
16世紀に聖ヨハネ騎士団がマルタ島に築いた城塞都市。ラパレッリの計画による城壁と碁盤目の街路、聖ヨハネ大聖堂、騎士団長の宮殿など約320の記念建造物が地中海防衛の拠点を形づくる。
見どころ
8つの礼拝堂をもつ聖ヨハネ大聖堂
ジェローラモ・カッサールが建設した騎士団の聖堂。出身地の言語別に設けられた8つの礼拝堂と、金色に輝く豪華な内装が結束と富を物語る。
騎士団長の宮殿と武器庫
騎士団を率いた団長の宮殿。金襴織りのタペストリーで飾られ、のちに大統領府・議会として使われた。武器庫は博物館として騎士団時代を伝える。
地理
バレッタはイタリア南方、地中海に浮かぶマルタ島の北東部で、グランド・ハーバーとマルサムシェット港に挟まれた細長い半島上に築かれた首都である。登録範囲は約74.66ha。海へ向かって落ちる地形を強固な城壁と稜堡で囲み、内部には防御と通風を意識した碁盤目状の街路が通る。
限られた範囲に約320の記念建造物が集中する。城壁、市門、公共広場に加え、聖ヨハネ大聖堂、騎士団長の宮殿、騎士団の言語別組織が使った宿坊や教会が一体となり、軍事拠点であると同時に政治・宗教・慈善活動の中心だった都市の姿を残す。
歴史
バレッタの地はフェニキア人、ギリシャ人、カルタゴ人、ローマ人、ビザンツ帝国、アラブ勢力などの支配を経た。第1回十字軍期にエルサレムで生まれた3大宗教騎士団の一つ聖ヨハネ騎士団は、本拠地に応じてロドス騎士団、マルタ移転後はマルタ騎士団とも呼ばれた。16世紀、オスマン帝国にロドス島を追われた騎士団はマルタを新たな拠点とした。
オスマン帝国の再襲撃に備え、騎士団長ジャン・パリソー・ド・ラ・バレッテにちなむ新都市が建設された。イタリア人建築家フランチェスコ・ラパレッリ・ディ・コルトーナが城塞都市の基本設計を行い、キリスト教諸国からの寄付をもとに碁盤目の街路、聖ヨハネ大聖堂、騎士団長の宮殿などが整えられた。ラパレッリの死後、助手ジェローラモ・カッサールが大聖堂を築き、騎士団の出身地・言語別の8礼拝堂を設けた。
騎士団は1571年のレパントの海戦でオスマン軍撃退に貢献したが、1798年にナポレオンの侵攻を受けてバレッタを追われた。騎士団長の宮殿は後世に大統領府・議会として使われ、現在も大統領府を置く。金襴織りのタペストリーが残り、武器庫は博物館として公開される。1980年、都市計画と騎士団史を伝える遺産として登録基準(i)(vi)で世界遺産に登録された。
