概要
インドネシア・バリ島で、バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを実践する水利システムスバックが形づくった文化的景観。5つの棚田景観、灌漑施設、水を司る寺院からなり、神・人・自然の調和を信仰、労働、環境設計に結びつけている。
見どころ
水が巡る五つの棚田景観
火山地形に沿う棚田へ水路が伸び、山間部から平地まで水を行き渡らせる。肥沃な土壌、熱帯の水、共同管理が一体となって米の収穫を支える景観である。
水を司るタマン・アユン寺院
バリ島最大規模の王立寺院として知られ、水を神聖なものとする信仰とスバックの運営を結ぶ。多層の塔と水をたたえた境内が、神・人・自然の調和を象徴する。
地理
バリ島は火山活動がつくった起伏の激しい地形をもち、熱帯雨林気候が肥沃な土壌と豊かな水をもたらす。この環境は住民の主食である米の栽培に適する一方、山間部から平地へ公平に水を導く仕組みを必要とした。
寺院に集められた水を共同で分けるスバックによって、平地と山間部の双方へ灌漑が行き渡り、豊かな収穫を支えてきた。登録資産は5つの棚田景観、灌漑施設、水利を司る寺院からなり、最大規模の王立寺院として知られるタマン・アユンも含む。人間と自然がともにつくる文化的景観は文化遺産に分類されるが、文化遺産と自然遺産の境界に位置する考え方である。
歴史
スバックは9世紀頃から継承されてきた。11世紀以来、寺院はバリ島の各流域に広がる棚田の水路を管理し、水の分配と農作業を神事や共同体の運営に結びつけてきた。その基盤にあるトリ・ヒタ・カラナは、バリの土着信仰、ヒンドゥー教、インド仏教などが習合したバリ・ヒンドゥーの哲学で、神と人、自然の調和をもたらす宇宙観を表す。水を神格化する信仰は、生活、労働、環境設計、スバックの行事にまで及ぶ。
世界遺産は登録開始から1990年代初頭まで、建造時の姿を残すヨーロッパの教会や城など石造文化に偏っていた。その地域的・文化的不均衡を改める流れのなかで、人間が自然とともにつくり上げた景観を評価する文化的景観の概念が1992年に採択され、従来の西欧的な見方より柔軟に文化遺産を捉えられるようになった。最初に適用されたのは1993年のトンガリロ国立公園である。文化的景観には、人が意図して設計する「意匠された景観」、社会・経済・政治・宗教の要求から生まれ自然環境に対応して形成される「有機的に進化する景観」、自然要素と宗教・芸術・文学などが強く結びつく「関連する景観」がある。有機的に進化する景観は、発展が終わった「残存する景観」と、伝統社会の中で今も変化する「継続する景観」に分かれる。
バリの棚田と水利は2012年に登録基準(iii)(v)(vi)で世界遺産に登録された。(iii)は現存または消滅した文化的伝統・文明を伝える独特な証拠、(v)は文化を代表する伝統的集落・土地利用・海上利用や、不可逆な変化で危機にある人類と環境の交流の顕著な見本、(vi)は顕著な普遍的価値をもつ出来事、伝統、思想、信仰、芸術・文学作品との直接的・実質的な関連を評価する。(vi)は他基準との併用が望ましい。一方、登録後の観光客増加などの社会変化により、棚田景観をどのように保護しながら地域の暮らしを続けるかが課題となっている。
