概要
山梨・静岡両県にまたがる富士山と、その信仰・芸術を伝える25の構成資産からなる文化遺産。噴火への畏れから生まれた浅間信仰、修験者や富士講による登拝、湖や湧水での禊、さらに浮世絵を通じて世界へ広がった象徴的景観が評価されている。
見どころ
富士講の禊の霊場・忍野八海
富士山の伏流水が湧く8つの池からなる巡礼地。登拝者は清冽な水で身を清め、御神体である富士山へ向かう準備を整えた。
芸術の富士を伝える三保松原
約45km離れた海岸から松原越しに富士山を望む景勝地。和歌や浮世絵に繰り返し表され、富士山像が海外へ広がる源泉となった。
地理
富士山は標高3,776mの成層火山で、集落や湖から独立峰として立ち上がる円錐形の山容を持つ。登録資産は山頂の信仰遺跡群、登山道、浅間神社、御師住宅、富士五湖の一部、忍野八海、溶岩樹型、白糸ノ滝、三保松原など、山上から約45km離れた海岸まで広がる。山そのものだけでなく、人がどこから仰ぎ、どこで身を清め、どう登ったかを示す文化的な地図である。
富士山域には山頂遺跡群、大宮・村山口、須山口、須走口、吉田口の4登山道、北口本宮冨士浅間神社、西湖・精進湖・本栖湖が含まれる。富士山本宮浅間大社は徳川家康の保護で現在の社殿が整い、本殿は二階建ての浅間造り。境内の湧玉池では道者が水垢離を行った。山宮浅間神社は本殿を持たず、富士山へ軸を合わせた遥拝所に古い祭祀形式を残す。
山中湖と河口湖は、西湖・精進湖・本栖湖とともに富士五湖を構成し、富士講の水行・巡礼の場となった。忍野八海は伏流水が湧く8つの池で、巡礼者が禊を行う霊場である。船津・吉田の胎内樹型では溶岩樹型の空洞を母胎に見立て、内部を巡って象徴的な再生を体験した。人穴富士講遺跡は長谷川角行が荒行を行い入滅したとも伝わる洞穴を中心とし、周囲には信者の碑塔や登拝回数の記念碑が残る。白糸ノ滝は水行の場、三保松原は松原越しの富士を描く芸術的景観を伝える。
歴史
噴火と一時的な休止を繰り返す山への畏れは、噴火を鎮めるため浅間大神を祀る信仰へ結びついた。864年の貞観噴火を契機に山麓の浅間信仰が強まり、平安後期に火山活動が落ち着くと、山岳信仰と密教が融合した修験道の霊場となる。中世の修験者に続き、近世には長谷川角行を祖とする富士講が江戸を中心に広まり、遠くから拝む遥拝と、山へ登ること自体を祈りとする登拝が民衆の実践となった。登拝から下山までの行程には、神道と仏教、人と自然、象徴的な死と再生を結ぶ宗教的意味が与えられた。
御師は富士山信仰を布教し、参詣者へ宿泊、食事、祈祷、登山案内を提供して、湖や湧水、滝での水行と山頂への巡礼を支えた。富士山は11世紀の「聖徳太子絵伝」などに描かれ、三保松原も『万葉集』に詠まれるなど、古くから絵画や和歌の題材となった。19世紀には葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や歌川広重の『不二三十六景』が海外へ渡り、ゴッホやモネなど西洋の画家にも影響を与えた。
2013年、自然遺産ではなく、信仰と芸術の伝統を示す文化遺産として登録された。富士山から約45km離れた三保松原はICOMOSから除外を勧告されたものの、富士山を表す和歌・浮世絵と結びつく重要な景勝地として25資産の一つに含まれた。
