概要
沖縄本島に点在する5つのグスク跡と、王族の陵墓・聖域・別邸など4つの関連遺産からなる文化遺産。按司の時代から琉球王国まで約500年の歩みを伝え、中国・日本・朝鮮半島・東南アジアとの中継貿易が育んだ独自の建築、信仰、外交文化を示す。
見どころ
王国の政治と外交の中心・首里城跡
王国最大のグスクで、御庭を中心に中国使節を迎える北殿と薩摩藩役人を迎える南殿を配置した。世界遺産の本体は、沖縄戦以前の城壁と建物基壇を含む地下遺構である。
岩と樹林を拝む最高聖地・斎場御嶽
自然の岩や樹林そのものを拝む琉球最高の聖地。三庫理・大庫理・寄満などの拝所があり、王国最高位の神女・聞得大君の就任儀礼をはじめ国家祭祀が行われた。
地理
沖縄本島各地に点在する5つのグスク跡、2つの関連記念物、2つの文化的景観の計9資産で構成される。琉球に残る300余りのグスク・関連遺産から選ばれ、12~17世紀を中心とする約500年の琉球史と、15~19世紀の王国文化を伝える。海の彼方の神々の国ニライカナイへの信仰を基礎に、グスクや御嶽には祖先崇拝と祈願の場である拝所が設けられた。琉球石灰岩を積み上げた曲線的な城壁やアーチ門は、本州とは異なる石造技術と景観を示す。
今帰仁城跡は北山王の居城で、丘の斜面に沿う高さ3~8m、平均厚3m、総延長約1,500mの城壁と守護神を祀る拝所を残す。座喜味城跡は護佐丸が15世紀前半に築いた標高約125mの小規模グスクで、沖縄島に現存する最古とされるアーチ門がある。勝連城跡は阿麻和利の居城で、曲輪を垂直方向に配し、中国製・日本製陶磁器の出土品が海外交易を物語る。中城城跡は護佐丸が勝連城の阿麻和利に備えた城で、中城湾を望む標高約170mの高台に6つの郭と優美な曲線状石垣を築く。
首里城跡は王国最大のグスクで、正殿前の御庭を中心に、中国の冊封使を迎える北殿と薩摩藩役人を迎える南殿を配置した。戦後復元された正殿は西を向き、1,000mを超える曲線状城壁に囲まれる。関連資産では、国王が外出時の安全を祈った御嶽の礼拝門園比屋武御嶽石門、王族の破風墓玉陵、中国式六角堂と琉球石灰岩のアーチ橋を池泉回遊式庭園へ組み込んだ識名園、自然の岩や樹林そのものを拝む最高聖地斎場御嶽が、王国の信仰・生活・外交を伝える。
歴史
12世紀頃から各地の按司が勢力を持ち、集落の防備を拡張して一族の城塞をグスクと呼ぶようになった。グスクは按司の住居・防衛拠点であると同時に農村共同体の中核でもあり、祖先崇拝と祈願を通して住民の連帯を深めた。14世紀には北山・中山・南山が争う三山時代となり、1429年、中山の尚巴志を中心とする第一尚氏が三山を統一して琉球王国を成立させた。
王国は中国の明、日本、朝鮮半島、東南アジアを結ぶ中継貿易で繁栄し、国際色豊かな独自文化を形成した。1501年には第二尚氏王統第3代の尚真が王族陵墓の玉陵を築き、1799年には冊封使を接待する王家の別邸として、面積4万1,997m2の識名園が造営された。斎場御嶽では聞得大君の就任儀礼など国家祭祀が行われた。
1879年の琉球処分で王国は終わり、1945年の沖縄戦で首里城をはじめ多くの建造物が破壊された。首里城では戦前から残る城壁と建物基壇の地下遺構が世界遺産の構成資産であり、戦後に建物群が復元された。2000年に9資産が世界遺産へ登録された後、2019年の火災で復元正殿などが再び焼失したが、構成資産である地下遺構は残り、顕著な普遍的価値そのものは失われていない。
