概要
パルティア王国の影響下に栄えたイラク北部の城塞・隊商都市。直径約2kmの二重円形城壁と、ヘレニズム・ローマ・東方の意匠が融合した神殿群を残す。2015年から危機遺産である。
見どころ
東西の意匠が交わる中央神殿群
中央聖域に残る高い石造神殿群では、列柱やアーチにヘレニズム・ローマ建築と東方の装飾意匠が重なる。隊商都市に流れ込んだ文化交流を建築そのものから読み取れる。
ローマ軍を阻んだ二重円形城壁
砂漠の平原に円を描く二重城壁と防御塔は、116年と198年のローマ軍侵攻を退けた都市の防御力を示す。都市全体を包む構造がハトラ最大の特徴である。
地理
ハトラはイラク北部ニナワ県、砂漠と草原が接する地域に築かれた城塞都市である。都市は直径約2kmの二重の円形城壁と防御塔で囲まれ、その中心部には大規模な神殿群を擁する聖域が置かれた。厚い城壁は、パルティア王国とローマ帝国が向き合う国境地帯で都市を守る軍事的な骨格となった。
一方、ハトラは隊商路を通じて人と物が行き交う場所でもあった。神殿群にはヘレニズム・ローマ系の建築構成と、東方・アジア的な装飾が同居する。円形防御都市の明瞭な構造と、多様な文化を吸収した石造神殿が一体となり、パルティア圏の都市文明を伝えている。
歴史
ハトラは、紀元前2世紀から後2世紀に西アジアで栄えたパルティア王国の影響下に発展し、最初期のアラブ王国の首都となった。軍事都市であると同時に隊商交易の結節点でもあり、多様な信仰を祀る神殿群には、ヘレニズム、ローマ、東方の文化が融合した。
高く厚い城壁と塔に守られたハトラは、ローマ帝国による116年と198年の侵攻に耐えた。都市遺構は、パルティア圏の防御技術、宗教、国際的な文化交流を一体で示す証拠として、1985年に登録基準(ii)(iii)(iv)(vi)で世界遺産となった。
2014年頃から一帯を過激派組織IS(いわゆる「イスラム国」)が占拠し、2015年3月に遺跡が破壊された。武力紛争と意図的破壊という重大かつ明確な危険を受け、同年に危機遺産リストへ記載された。2017年にISから解放された後も、損傷の把握と保全が重要な課題である。
