概要
トルコ中央部に残るヒッタイト王国の首都遺跡。二重城壁、獅子門などの城門、王宮・神殿、地下道、ヤズルカヤ神殿の岩壁レリーフと2万枚以上の楔形文字粘土板が、鉄器と戦車を操った古代強国の実像を伝える。
見どころ
岩壁に神々が並ぶヤズルカヤ神殿
自然の岩壁にヒッタイトの神々の行列を刻んだ屋外聖域。建物だけでなく地形そのものを聖なる空間へ変えた宗教観と、ヒッタイト美術の精緻な浅浮彫を伝える。
王国を語る2万枚以上の楔形文字粘土板
ビュユックカレから出土した2万枚以上の楔形文字粘土板には、王国の行政・外交が記録された。カデシュの戦い後にエジプトと結んだ和平文書とみられる記録も含まれる。
地理
トルコ中央部、ボアズカレ地方の丘陵に広がるヒッタイト王国の首都遺跡で、範囲は東西約1.3km、南北約2.1kmに及ぶ。都市は起伏のある地形を取り込み、二重の城壁、城門、地下道、神殿、貯蔵庫、王宮を計画的に配置した。
城壁には石造ライオンで飾られた獅子門、王の門、スフィンクス門などが残る。近郊のヤズルカヤ神殿は自然の岩壁を聖域とし、神々の行列などを浅浮彫で刻んだ岩絵群で知られる。城塞都市の構造と建築、門の装飾、岩壁美術が一体で残ることが、ハットゥシャの大きな価値である。
歴史
ヒッタイト王国は紀元前17~前13世紀にアナトリアを中心として繁栄した。教材では騎馬民族とされるヒッタイト人は、優れた製鉄技術を独占し、鉄製武器と機動力の高い軽戦車を駆使して勢力を拡大した。最盛期にはメソポタミアへ領土を伸ばし、エジプト、バビロニアと並ぶ古代オリエントの三大強国に数えられた。
紀元前12世紀頃、ハットゥシャは地中海方面から侵入した「海の民」に破壊され、王国も滅亡したと考えられている。ただし滅亡原因には複数の説があり、決着していない。20世紀初頭にはビュユックカレと呼ばれる大城塞から、楔形文字を記した2万枚以上の粘土板が発見された。その中にはヒッタイトとエジプトがカデシュの戦い後に結んだ和平文書とみられる記録もあり、長く謎に包まれた王国の政治、宗教、外交を解明する重要な手がかりとなった。都市計画と建築、門の装飾、ヤズルカヤの岩絵群が評価され、1986年に世界遺産へ登録された。
