概要
イタリア中部トスカーナ地方、アルノ河畔に広がるルネサンスの都。金融業で台頭したメディチ家の庇護のもと芸術家が集まり、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、ウフィツィ、サンタ・クローチェ聖堂、ピッティ宮殿などに約600年の芸術活動が刻まれる。
見どころ
ブルネッレスキの二重構造クーポラ
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を覆う巨大な円蓋。着工から約140年を要した聖堂にゴシックとルネサンスを結び、幾何学的な均整をもつ新時代の建築を象徴する。
メディチ家の収集を伝えるウフィツィ
かつてトスカーナ大公国の行政庁舎だった建物で、列柱と窓がつくる長い中庭にルネサンスの秩序ある造形が表れる。館内にはメディチ家が集めたボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチらの作品が収蔵される。
地理
フィレンツェはイタリア中部トスカーナ地方のアルノ河畔、エトルリア人の集落跡に発達した商業都市である。歴史地区には13世紀に着工したサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、サンタ・クローチェ聖堂、ウフィツィ、ピッティ宮殿などが集中し、約600年にわたる芸術活動を一つの都市景観として伝える。
ルネサンス様式は「再生」を意味し、古代ギリシャやローマを模範とした15~16世紀の様式で、幾何学図形を基調とする均整の取れた造形を特徴とする。大聖堂は着工から約140年をかけて完成したためゴシックとルネサンスの両様式が混在し、ブルネッレスキが設計した二重構造の円蓋(クーポラ)はルネサンス建築の代表とされる。
歴史
フィレンツェは14世紀末から17世紀にかけてルネサンスの中心となった商業都市である。15世紀半ば、金融業で頭角を現したコジモ・デ・メディチが市政を握ると、その後約300年間にわたりメディチ家のもとで繁栄した。コジモの孫ロレンツォをはじめ、一族が文化と芸術を積極的に庇護したため、多くの芸術家が集まり、フィレンツェ・ルネサンスが開花した。
フィレンツェ出身の建築家ブルネッレスキ(1377~1446年)が大聖堂の二重構造クーポラを設計し、その完成をルネサンス建築の出発点とする説明もある。メディチ家が収集したボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの作品は、かつてトスカーナ大公国の行政庁舎であったウフィツィ美術館に収蔵された。都市にはこのほか、ジョット、ミケランジェロらの活動を伝える建造物と作品が残る。
1982年、登録基準(i)(ii)(iii)(iv)(vi)により世界遺産に登録された。登録範囲は2015年と2021年に変更され、歴史都市としての価値を構成する範囲が見直された。
