概要
中国南部沿岸のマカオで、16世紀半ばから続いた中国とポルトガルの交流を示す歴史地区。中国寺院、カトリック教会、行政施設、広場、要塞が徒歩圏に共存し、ポルトガルのアジア貿易とキリスト教布教、中国社会との文化的融合を伝える。
見どころ
聖ポール天主堂跡とモンテの砦
石造ファサードと大階段は、マカオがアジアのキリスト教布教拠点だった歴史を象徴する。日本のキリシタン難民が建設に関わったとされ、背後の砦とともに宗教と防衛の関係も伝える。
セナド広場から媽閣廟へ
波形の石畳、淡い色の西洋建築、中国寺院が連なる徒歩ルートは、東西文化が日常の街並みに溶け込んだ姿を示す。貿易港マカオの多宗教・多文化的な都市生活をたどれる。
地理
中国南部、珠江河口西岸のマカオ半島に位置する。丘陵と港を結ぶ旧市街に、媽閣廟からセナド広場、聖ポール天主堂跡、ギア要塞へ至る建築と都市空間が連なる。
曲線模様の石畳をもつ広場、ポルトガル風の公共建築や教会、中国の伝統寺院と住宅が同じ街路網に共存する。単一の記念建造物ではなく、港町の生活空間全体が、中国と西洋の建築技術、宗教、芸術、都市文化の長期的な交流を示す。
歴史
マカオは16世紀半ば頃からポルトガルのアジア貿易の拠点となり、中国と日本、東南アジア、ヨーロッパを結ぶ港町として発展した。商人、宣教師、職人、学者が行き交い、キリスト教と中国の宗教・社会が接する文化交流の窓口となった。林則徐や孫文など、中国史上の重要人物とも深い関わりをもつ。
キリスト教布教の中心だった聖ポール大聖堂の建設には、弾圧を逃れてマカオへ渡った日本のキリシタン難民も関わったとされる。現在は火災後に残った石造ファサードと大階段が聖ポール天主堂跡として街の象徴になっている。
19世紀末、清からポルトガル側へ割譲されたと教材では整理され、長くポルトガル統治下に置かれた。1999年に中国へ返還され、マカオ特別行政区となった。2005年、登録基準(ii)(iii)(iv)(vi)で世界遺産に登録された。
(ii)は建築・技術・都市計画や景観設計の発展における重要な価値観の交流、(iii)は現存または消滅した文化的伝統・文明を伝える独特な証拠、(iv)は人類史の代表的段階を示す建築・技術・景観の顕著な見本、(vi)は顕著な普遍的価値をもつ出来事・生きた伝統・思想・信仰・芸術的・文学的所産との直接的な関連を評価する。
