概要
チェコの首都プラハで、ヴルタヴァ川(モルダウ川)沿いの旧市街、小地区、新市街、城郭地区などを含む歴史都市です。11~18世紀の建築が重なり、14世紀のカール4世治世に神聖ローマ帝国の首都として大きく発展しました。宗教・芸術・学問の中心として周辺地域へ与えた影響が評価されています。
見どころ
カレル橋から望む城郭都市
14世紀にカール4世の都市改造で築かれた石造アーチ橋です。橋上の聖人像、ヴルタヴァ川、丘上のプラハ城と聖ヴィート大聖堂が、中世以来の都市構成を一望させます。
旧市街広場の二つの時の標
旧市庁舎南壁の天文時計と、広場の向こうにそびえるティーンの聖母聖堂は、商業・宗教・学問が交わった旧市街の繁栄を伝える代表的景観です。
地理
プラハは水量豊かなヴルタヴァ川の両岸に広がります。左岸の丘にはプラハ城と小地区、右岸には旧市街と新市街、さらにヴィシェフラト城が位置し、川をカレル橋が結びます。11~18世紀に築かれた異なる市街が一体となり、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、ネオ・ルネサンスの建築が連続する都市景観をつくりました。
市内には3,000棟を超える歴史的建造物が残り、そのうち1,500棟余りが歴史的・文化的価値を認められています。世界遺産には1992年に登録され、2012年に登録範囲が変更されました。
歴史
6世紀後半、スラヴ系の人びとがヴルタヴァ川岸に集落を築きました。9世紀頃には左岸にプラハ城の前身となる城塞、右岸にヴィシェフラト城が造られ、973年には司教座が置かれて宗教都市としての性格を強めました。
14世紀半ば、ボヘミア王カレル1世が神聖ローマ皇帝カール4世となると、プラハは帝国の首都になりました。カール4世はイタリアやドイツから芸術家を招き、プラハ城の改修、カレル橋の建設、旧市街に隣接する新市街の建設を進め、都市を中央ヨーロッパ屈指の政治・文化中心へ育てました。
1419年に宗教対立からフス戦争が始まり、16世紀にはハプスブルク家のもとでカトリック化が進みました。17世紀にはプロテスタント反乱を端緒とする三十年戦争に巻き込まれましたが、多くの歴史的街路と建築は受け継がれました。ティーンの聖母聖堂は1365年に完成し、旧市庁舎の天文時計は1490年頃に現在につながる姿となりました。国民劇場は1881年に建ち、カール4世の命で再建が始まった聖ヴィート大聖堂は1929年に完成しました。
