概要
1703年にピョートル大帝が築いた要塞を起源とするロシア帝国の計画都市。ネヴァ川、運河、400を超える橋の景観に、ロシア・バロックの冬の宮殿と新古典主義の建築群が調和し、帝国の首都として進めたロシア近代化と革命の歴史を伝える。
見どころ
エルミタージュとなった冬の宮殿
緑と白の長いファサードを列柱、金色装飾、屋上彫刻が飾る18世紀の離宮。ロシア・バロックを代表する宮殿は、現在エルミタージュ美術館として帝都の美術と歴史を伝える。
都市の起点ペトロパヴロフスク要塞
1703年にピョートル大帝が築いた稜堡式要塞。ネヴァ川沿いの低い城壁からトレッツィーニ設計の聖堂と金色尖塔が立ち上がり、新都の軍事・宗教・行政の出発点を示す。
地理
モスクワの北西約650km、ネヴァ川の河口域に位置する。大規模な都市計画によって川と多数の運河が街路へ組み込まれ、400を超える橋が島々を結ぶことから「北のヴェネツィア」とも呼ばれる。低く連続する宮殿、教会、行政建築と水面が一体となり、都市中心部から郊外の関連建造物群まで広い文化的景観をつくる。
ペトロパヴロフスク要塞、冬の宮殿、海軍省、マーブル宮殿、聖イサアク大聖堂など、ロシア・バロックと新古典主義の異なる様式が軸線、広場、河岸によって統合される。郊外にはエカチェリーナ2世が夏を過ごしたエカチェリーナ宮殿などがあり、帝都と離宮の体系を構成する。
歴史
1703年、ロマノフ朝のピョートル大帝はネヴァ川の中洲にペトロパヴロフスク要塞を築き、新都建設を始めた。要塞内にはドメニコ・トレッツィーニ設計のペトロパヴロフスキー聖堂、監獄、造幣局などが置かれ、金色の細い尖塔が都市の起点を示した。
ロシア帝国の首都となると、宮殿や教会、行政施設が次々に建設され、西欧の建築・都市計画を取り込みながらロシアの近代化が進められた。18世紀の冬の離宮はロシア・バロックを代表し、現在はエルミタージュ美術館として利用されている。エカチェリーナ宮殿はエカチェリーナ2世の夏の宮殿であり、聖イサアク大聖堂、海軍省、マーブル宮殿などとともにバロックと新古典主義が融合する帝都景観を形づくる。
後にレニングラードと呼ばれたこの都市は1917年の十月革命とも深く結びつく。1990年、都市計画と建築の傑作、価値観の交流、帝都景観の優れた典型、世界史的事件との関連が評価され、登録基準(i)(ii)(iv)(vi)で世界遺産に登録された。2013年には登録範囲が変更された。
