概要
イタリア・トスカーナの丘陵にある、12〜15世紀のゴシック景観をよく保つ中世都市。市民の政治組織コムーネのもと商業・金融で栄え、フィレンツェとの競争を都市計画と芸術へ昇華した。
見どころ
都市の心臓、カンポ広場
扇形の舗装面を市庁舎とマンジャの塔が抱く、シエナ都市計画の焦点。周囲の路地と建物が広場へ流れ込み、市民自治の舞台を一つの造形にまとめている。
大理石で編まれたドゥオーモ
白と濃色の大理石を重ね、彫刻と尖塔で飾った正面はイタリア・ゴシックの華。長い建設史と都市の富、宗教美術の成熟を一枚のファサードに凝縮している。
地理
トスカーナの丘陵地帯に築かれ、北約60kmには同じく金融で栄えたフィレンツェがある。扇形のカンポ広場を中心に坂道と路地が集まり、市庁舎、マンジャの塔、大聖堂、赤褐色の市街が周囲の丘陵景観と一つの作品のように調和する。
広場に面するゴシック様式の市庁舎からは高さ約102mのマンジャの塔が垂直に立ち上がる。歴史地区には中世の建造物がよく残り、9世紀の古い聖堂遺構の上に建つドゥオーモは、白と濃色の大理石を重ねた壮麗な外観で都市の宗教的中心を示す。
歴史
12世紀、シエナでは市民による政治組織コムーネが成立し、銀行家をはじめとする大商人が数世紀にわたり市政を担った。商業・金融の自治都市として繁栄し、利権や領地をめぐってフィレンツェとたびたび衝突する一方、その競争は都市計画や美術の発展を促した。ドゥオーモは12世紀半ばに着工し、改築を重ねて1382年に完成。14世紀には市庁舎とマンジャの塔も完成した。
14世紀半ばのペストの大流行で、最盛期には約10万人だった人口が約3万5,000人へ激減し、都市は急速に衰退した。16世紀半ばにはフィレンツェ公国へ併合されたが、大規模な更新を免れたことで中世の街並みが残り、1995年に世界遺産へ登録された。
