ローマの駐屯地からハプスブルクの王都へ、環状道路が重ねた都市の記憶

ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna

ゴシックの尖塔、バロック宮殿、環状道路の壮麗な公共建築が、音楽の都の長い時間を描き出す。

ウィーンの歴史地区のミニチュア

概要

古代ローマ軍の駐屯地を起源とし、ハプスブルク家の王都として発展したオーストリアの歴史都市。中世の聖シュテファン大聖堂、バロックのベルヴェデーレ宮殿、19世紀に城壁跡へ整備されたリンクシュトラーセと公共建築が、都市計画と建築文化の連続性を示す。

  • オーストリア
  • 文化遺産
  • 2001年登録
  • 検定3級
  • 検定2級

見どころ

色鮮やかな屋根と高い南塔をもつウィーンの聖シュテファン大聖堂

聖シュテファン大聖堂と中世の旧市街

色鮮やかな幾何学模様の屋根と高い南塔がウィーンの象徴。12世紀以来の建築が周囲の細い街路とともに残り、ローマの駐屯地から中世都市へ成長した中心を体感できる。

ウィーンのリンクシュトラーセ沿いに並ぶ19世紀の公共建築と環状道路

リンクシュトラーセと帝都の近代化

城壁跡につくられた環状道路に、国会議事堂、市庁舎、劇場、博物館が連なる。フランツ・ヨーゼフ1世が進めた19世紀の大改造と、歴史都市景観を守る現代の課題が交差する場所。

地理

オーストリアの首都ウィーン、ドナウ川流域の中心部に位置する。古い街路が残る旧市街を、19世紀の環状道路リンクシュトラーセが囲み、その外縁に宮殿、公園、公共建築が連なる。

歴史地区には12世紀に建設が始まった聖シュテファン大聖堂、18世紀のベルヴェデーレ宮殿、ホーフブルク宮殿などが残る。中世、バロック、19世紀の歴史主義建築が同じ都市空間に重なり、ハプスブルク帝国の政治・文化の中心であったことを伝える。

ウィーンの歴史地区の風景

歴史

古代ローマ軍が築いた駐屯地を起源とし、中世には交易都市として成長した。やがてハプスブルク家の王都となり、ゴシック聖堂、宮殿、教会、貴族邸宅が建設され、ヨーロッパの音楽文化とも深く結びついた都市へ発展した。

19世紀半ば、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は旧市街を囲んでいた城壁を撤去し、その跡に環状道路リンクシュトラーセを整備した。沿道には国会議事堂、市庁舎、劇場、博物館など近代的な公共建築が築かれ、帝都を近代都市へ大改造した。

2001年、現行項目データの登録基準(ii)(iv)(vi)で世界遺産に登録された。(ii)は都市計画や建築・芸術の重要な価値観の交流、(iv)は人類史の代表的段階を示す建築群・都市景観、(vi)は顕著な普遍的価値をもつ思想・芸術的所産との直接的な関連を評価する。なお、指定された2級教材の該当欄には(i)(v)(vi)との記載があるため、学習時には正式な登録基準との取り違えに注意が必要である。

歴史地区の再開発問題を契機に、2005年の国際会議でウィーン・メモランダムがまとめられた。これは歴史的都市景観と現代建築の原則を示すもので、保全対象を歴史地区や建造物群の周辺に限らず、世界遺産都市や世界遺産を含む大都市の広域景観として捉える。新しい建築は街並みと歴史的性格を尊重し、利害関係者との協議、計画と同時に行う文化・景観影響評価を必要とする一方、建物本体を壊して外観だけ残すファサーディズムは適切な開発手法と認めない。メモランダムを受け、同年の世界遺産条約締約国会議は「歴史的都市景観の保全に関する宣言」を採択し、都市遺産政策の中心に顕著な普遍的価値(OUV)の保護を置くよう求めた。

高層建築を伴う都市開発が歴史的景観を損なう懸念から、2017年に危機遺産リストへ記載された。歴史都市を現代の首都として活用しながら、眺望と都市景観をどう守るかが大きな課題になっている。

参考

  • UNESCOHistoric Centre of Vienna
  • 書籍『くわしく学ぶ世界遺産300〈第5版〉』(発行:世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局、発売:マイナビ出版)
  • 書籍『きほんを学ぶ世界遺産100〈第4版〉』(発行:世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局、発売:マイナビ出版)

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