概要
710~784年に都が置かれた平城京の姿を、5寺院、春日大社、春日山原始林、平城宮跡の8資産で伝える文化遺産。唐の長安を参考にした都市計画、律令国家と天平文化、仏教と神道、自然崇拝が結びついた奈良時代の政治・宗教・生活を包括的に示す。構成資産の寺社には天皇家や藤原氏と深く結びつくものが多い。
見どころ
盧舎那仏をまつる東大寺大仏殿
全国の国分寺の総本山として建立された東大寺の中心。大仏殿に盧舎那仏を安置し、国家鎮護を願った聖武天皇と、奈良時代の仏教国家のスケールを伝える。
春日大社と千年守られた神域の森
藤原氏の氏神を祀る春日大社と、その神域として841年以来守られてきた原始林。社殿と森の一体性が、自然崇拝と神仏習合の歴史を映し出す。
地理
構成資産は奈良市内に点在する5つの仏教寺院、東大寺・興福寺・元興寺・薬師寺・唐招提寺と、春日大社、春日山原始林、平城宮跡の計8資産である。個々の建築や遺跡だけでなく、寺院、神社、宮殿跡、自然の聖域がそろって8世紀の都の宗教と生活を包括的に伝える点に価値がある。
東大寺は聖武天皇が国家鎮護を願って建立した全国の国分寺の総本山で、大仏殿に盧舎那仏を安置する。興福寺は藤原氏の氏寺で、五重塔や南円堂などを残す。春日大社は藤原氏の氏神を祀り、鹿を神使とする。平安後期から1868年の神仏分離まで、興福寺と春日大社は神仏習合のもとで一体の関係を築いていた。
元興寺は飛鳥の法興寺(飛鳥寺)を平城京へ移した寺院で、極楽坊の屋根には飛鳥時代の古瓦が残る。薬師寺東塔は各層に裳階を付けるため六重に見える三重塔で、創建時の建築として残る。唐招提寺金堂は奈良時代の寺院金堂として唯一現存する。春日山原始林は春日大社の社叢として守られ、841年の神域指定以来、1,000年以上にわたり人手の入らない自然を残し、自然崇拝に根ざす宗教観を示す。平城宮跡は大極殿・朝堂院などの地下遺構や木簡によって、律令国家の行政と条坊制の都市計画を伝える。
歴史
710年、元明天皇は唐の長安を参考に、道路を碁盤目状に配した平城京を造営した。中央北端の平城宮には大極殿や朝堂院が置かれ、推定人口約10万人の都は、784年まで74年間にわたり政治・経済・宗教の中心となった。中国・朝鮮との交流を背景に律令国家の枠組みが定着し、奈良は天平文化と日本文化の源泉として繁栄した。
東大寺では752年、聖武天皇の発願による盧舎那仏が建立され、現在の大仏殿は1709年の再建である。興福寺は710年に藤原不比等が飛鳥から移して名付けた。元興寺は蘇我馬子が建立した法興寺を起源とし、僧智光の僧坊であった極楽坊が独立して発展した。薬師寺は天武天皇が皇后・持統天皇の病気平癒を祈って建立し、平城京遷都時に移された。唐招提寺は759年、唐から来日して戒律を伝えた鑑真が開き、講堂を起源とする。春日大社は768年創建とされ、春日造りの4神殿が横一列に並ぶ。
長岡京への遷都後、平城宮は放棄され土中に埋もれたが、発掘調査によって都市設計や生活を示す遺構・木簡が見つかり、朱雀門や大極殿などの復原も進められてきた。春日山原始林では841年から伐採と狩猟が禁じられ、1955年に特別天然記念物となった。8資産は、律令国家の成立、寺社の政治的・社会的影響の拡大、神仏習合、中国・朝鮮との交流を総合的に伝えるものとして、1998年に世界遺産へ登録された。
