概要
岐阜県の白川郷・荻町と富山県の五箇山・相倉・菅沼からなる3集落。豪雪に耐える急勾配の合掌造り、養蚕などの生業、大家族制と相互扶助の結が一体となり、山間の厳しい自然へ適応した伝統的な暮らしを伝える文化遺産である。
見どころ
合掌造りが並ぶ白川郷・荻町
大集落の荻町では、合掌造り家屋の妻面が南北方向へそろって並ぶ。日照と風通しを確保する雪国の知恵と、急勾配の茅葺き屋根がつくる集落景観を一望できる。
山深い五箇山の相倉・菅沼
中規模の相倉と小規模の菅沼には、江戸末期から明治期の合掌造りが元の場所に残る。妻入りや煙抜きなど、白川郷とは異なる五箇山独自の工夫にも注目したい。
地理
岐阜県の白川郷と富山県の五箇山は、庄川流域の急峻な山と谷に囲まれた日本有数の豪雪地帯にある。長く周辺から隔絶された環境のなか、積雪を落としやすい45~60度の茅葺き切妻屋根をもつ、3~5階建ての大きな合掌造りが発達した。屋根の妻面に設けた開口部から、屋根裏で行う養蚕に必要な光と風を取り込む。
合掌造りはウスバリによって軸組と小屋組を分け、屋根部材を釘などの金属で固定せず、縄やネソで結ぶ。雪や風の力に応じて柔軟に揺れる、環境に適応した合理的な構造である。古い家ほど屋根勾配が緩く、新しい家ほど急になる傾向がある。荻町では日照と風通しを得るため家屋の妻面を南北方向へそろえ、平側に入口を置く平入りが主流である。五箇山、とくに菅沼では切妻側に入口を置く妻入りが多く、庇を付けた入母屋風の外観が見られる。
五箇山の家屋には、囲炉裏の火を一年中絶やさない暮らしに合わせた煙抜きがある。一方、白川郷では豪雪時の雪下ろしを妨げないよう煙抜きを設けなかった。この違いも、同じ合掌造りが集落ごとの生活に応じて工夫されたことを示している。
歴史
3集落には、江戸末期から明治期に建てられた合掌造り家屋が元の場所に残る。耕地が限られていたため、屋根裏の広い空間で養蚕を行い、山間では和紙を生産し、床下では火薬の原料となる塩硝をつくった。明治期までは農地の分散を避け、20~30人が同じ家に暮らす大家族制も維持された。
白川郷と五箇山の暮らしを支えたのが、結と呼ばれる相互扶助組織である。浄土真宗への信仰と厳しい自然環境が住民の結束を強め、30~40年に一度の茅葺き屋根の葺き替えでは、白川郷で100~200人が集まり一日で作業を終えたと伝わる。建築家ブルーノ・タウトは、この合掌造りを合理的・論理的で、日本に独特な建築と評価した。
20世紀にはダム建設、離村、火災などにより、合掌造り家屋の約92%が失われた。危機感を抱いた荻町の住民は1971年に保存組織を結成し、1976年には荻町が重要伝統的建造物群保存地区、1994年には相倉と菅沼が史跡に指定された。こうした地域の保全活動を背景に、1995年、3集落が世界遺産へ登録された。
