概要
広島県の厳島で、弥山を背景に海上へ広がる神社建築と周辺景観からなる文化遺産。12世紀に平清盛の援助で整えられた社殿群は、平安貴族の寝殿造りを神社建築へ取り入れ、海・山・建物を一体化した日本独自の景観美を示す。
見どころ
海上に展開する寝殿造りの社殿群
満潮時には本社・客神社・東西回廊が海上に浮かぶように見える。寝殿造りを取り入れた社殿配置と、弥山・海が一体となる日本的な景観美を体感できる。
自重で海に立つ大鳥居
沖合約200mに立つ大鳥居は、海底へ杭を打たず自重で安定する。潮位によって海に浮かぶ姿と地面に立つ構造の双方が見え、社殿と海を結ぶ象徴となっている。
地理
厳島神社は瀬戸内海に浮かぶ厳島にあり、標高535mの弥山を背にして海上へ社殿群を展開する。島全体が古くから神道の聖地として信仰され、弥山の緑、海、朱塗りの建物が調和する景観そのものが価値をもつ。弥山原始林は社殿背後の神聖な自然環境として登録範囲に含まれ、神仏習合の歴史も伝えている。
本社本殿・幣殿・拝殿・祓殿、客神社、東西回廊などは海上の軸線に沿って配置される。平安貴族の住宅様式である寝殿造りを社殿へ取り入れ、独立した建物を渡り廊下で結んだ構成が特徴である。本社と能舞台を西回廊、本社と客神社を東回廊が結ぶ。本社本殿と客神社本殿は、切妻屋根の入口側だけでなく背面側にも屋根を長く延ばす両流造りである。
海上建築には潮と風への工夫も凝らされる。床板は釘で固定せず隙間を設け、満潮時の海水と波圧を逃がす。境内沖合約200mに立つ大鳥居は海底へ杭を打たず、箱形の島木へ石を詰めた自重と4本の袖柱で自立する両部鳥居で、主柱にはクスノキの自然木が用いられている。
歴史
最初の社殿は593年に佐伯鞍職が創建したと伝わる。1168年頃、佐伯景弘は平清盛の援助を受けて海上社殿を造営した。平清盛は宗像三女神を祀る厳島神社を平家の守護神とし、寝殿造りを取り入れた朱塗りの社殿群を整えた。現在の社殿配置の基本形は1241年の再建後に成立した。厳島の弥山では空海が修行したと伝わり、その際に焚かれた護摩の火が1,200年燃え続けるという消えずの霊火の伝承がある。近世には山頂付近の道場も参詣者の信仰を集めた。
その後、1407年に五重塔、1523年に多宝塔が建てられた。1547年の大鳥居再建では、風水害に備えて4本の控え柱をもつ両部鳥居の構造が採用された。1587年には末社豊国神社本殿、通称千畳閣が造営された。風水害や荒廃を経験しながらも、毛利元就らの権力者が再興を支え、明治維新後は政府が保護・改修した。現在の大鳥居は1850年の台風による倒壊後、1875年に再建されたものである。
弥山原始林は1929年に天然記念物、1957年に特別保護区となった。社殿群と自然景観は、日本人の精神文化の発展と、自然と人の創造を結びつける景観美の概念を理解するうえで重要と評価され、1996年に世界遺産へ登録された。
