概要
ウクライナの首都キーウに残る、11世紀の聖ソフィア聖堂とキーウ・ペチェルーシカ大修道院からなる聖域。黒海とバルト海を結ぶ交易で栄えたキーウ・ルーシの政治・宗教文化と、東方正教会の思想・信仰が広がった歴史を伝える。
見どころ
聖ソフィアのオランス・モザイク
中央アプシスの黄金地に立つ「祈る聖母」は、11世紀のビザンツ美術を伝える聖堂内部の象徴。複数のアーチ、ドーム、フレスコとともに、キーウ・ルーシが受容し発展させた正教文化を示す。
丘に広がるペチェルーシカ大修道院
白壁、緑屋根、金色ドームの聖堂群と高い大鐘楼がドニプロ川を見下ろす。洞窟修道院に始まり、17〜19世紀には正教思想を広めた精神・知的中心となった複合体である。
地理
ウクライナの首都キーウにあり、9〜13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキーウ・ルーシの建造物群からなる。キーウ・ルーシは黒海とバルト海を結ぶ交易路を支配して繁栄した東スラヴ族の国家で、古都の丘にはその興亡を物語る二つの主要な修道院複合体が残る。
聖ソフィア聖堂は白壁と複数のドームをもつ大聖堂で、ビザンツ的な集中性と地域の伝統が重なる。東方正教会の聖堂で主流となる、縦横の長さがほぼ等しく複数のドームをもつギリシャ十字形の空間理念とも結びつく。ペチェルーシカ大修道院はドニプロ川を見下ろす丘に聖堂、鐘楼、僧房と洞窟を展開し、長期にわたる修道生活の景観をつくる。
歴史
988年、聖ウラジーミルの洗礼を契機にこの地域のキリスト教化が進んだ。11世紀、キーウ・ルーシ全盛期のヤロスラフ賢公は、コンスタンティノープルのハギア・ソフィアに比肩する聖堂として聖ソフィア聖堂を建設した。大聖堂はキリスト教公国の首都「新しいコンスタンティノープル」を象徴し、キーウ最古の聖堂となった。
聖堂にはビザンツ様式と地域の伝統様式が混在し、ノヴゴロドなど各地の聖堂建築へ大きな影響を与えたことから「ロシアの聖堂の母」とも呼ばれる。内部には黄金地モザイクやフレスコが残り、中央アプシスの祈る聖母オランスは中世キーウの宗教美術を代表する。
ウクライナ正教の総本山であるキーウ・ペチェルーシカ大修道院はモンゴル軍に破壊された後、19世紀に再建された。とくに17〜19世紀には精神・知的中心として正教思想と信仰の拡大に貢献した。1990年に登録基準(i)(ii)(iii)(iv)で世界遺産に登録され、2005年と2021年に登録範囲が変更された。
