概要
スイス・ジュラ山地の隣接する2都市が、時計製造という単一工業のために築いた計画都市。住居とアトリエを近接させた平行帯状の街区が、19世紀初頭から家内制手工業、工場制手工業へ移る生産方式に柔軟に対応した。
見どころ
住宅と工房が交互に並ぶ平行街区
上空から見ると、山あいに平行な街路と細長い街区が整然と伸びる。住宅と採光のよい時計工房を近接させ、職人の暮らしと精密作業を同じ都市構造に組み込んだことが分かる。
家内工房から工場生産への適応
大きな窓辺で行う精密な手作業と、複数工程を集約した工場が同じ街区に共存する。19〜20世紀の生産方式の変化を受け止めながら、時計産業が今も続く「生きた工業都市」である。
地理
ラ・ショー・ド・フォンとル・ロクルは、農業に不向きなスイス・ジュラ山地の谷に近接して立地する。大火後の19世紀初頭、採光と作業動線を重視した開放的な平行帯状の都市計画が進められ、住宅のすぐ近くに時計職人のアトリエや工場が配置された。
整然とした街路、光を取り込む大きな窓、住居と作業場の混在が一体となり、山地の制約の中で精密工業を支える都市環境をつくった。17世紀から続く時計文化は今も生き、両都市は保存された産業都市であると同時に稼働中の生産拠点でもある。
歴史
17世紀に根づいた時計職人の文化を基盤に、大火後の19世紀初頭から両都市は時計製造に適した形へ再計画された。住居とアトリエを近接させる設計は伝統的な職人文化と生産効率を両立し、19世紀末から20世紀にかけて、職人的な家内制手工業から、より集中的な工場制手工業への移行にも対応した。
カール・マルクスは『資本論』でジュラ地方の時計産業における労働の分業を論じ、ラ・ショー・ド・フォンを巨大な工業都市として示した。また、1887年にはこの街で、後にル・コルビュジエと名乗るシャルル=エドゥアール・ジャンヌレが生まれた。
1994年に採択されたグローバル・ストラテジーは、世界遺産リストの地域・分野の不均衡を是正し、世界遺産の少ない国、産業遺産、先史・現代遺産の登録強化を掲げた。2003年にTICCIHが採択したニジニー・タギル憲章は、産業遺産を工場・工房・機械・鉱山・エネルギー・交通施設だけでなく、住宅・宗教・教育施設まで含むものと定義する。住居と工房を一体で評価するこの双子都市は、その考え方をよく表す。
2009年に登録基準(iv)で登録された。(iv)は人類史の代表的段階を示す建築様式・建築技術・科学技術の総合体または景観の顕著な見本を評価する基準であり、単一工業に都市全体が適応した保存状態のよい計画が認められた。
