豊富なマヤ文字と王の彫刻がコパン王朝史を伝える都市遺跡

コパンのマヤ遺跡

Maya Site of Copan

密林の石段と碑文が、王たちの系譜と古代都市の栄光を静かに語り出す。

コパンのマヤ遺跡のミニチュア

概要

ホンジュラス西端で5〜9世紀に栄えたコパン王朝の都市遺跡。黒曜石・翡翠の交易を背景に発展し、4,500を超える遺構、マヤ文字を豊富に刻んだ石碑や階段、歴代王の祭壇Qが王朝の歴史を伝える。

  • ホンジュラス
  • 文化遺産
  • 1980年登録
  • 検定3級
  • 検定2級

見どころ

コパン遺跡で歴代王の肖像が四辺に刻まれた祭壇Q

歴代王の肖像を刻む祭壇Q

第16代までの歴代王を四辺に刻んだ祭壇。王朝の創始者から続く系譜を一つの石造記念物に表し、コパン王権の正統性を伝える。

石段の蹴上げにマヤ文字を刻んだコパンのマヤ文字の階段

王朝史を刻んだマヤ文字の階段

長い階段の蹴上げに多数のマヤ文字を刻んだ壮大な碑文。石碑群とあわせ、文字資料の豊富さで知られるコパンを象徴する。

地理

コパンはホンジュラス西端、グアテマラ国境に近いコパン川流域の肥沃な盆地にある。周辺は黒曜石や翡翠を得られる地域で、都市はそれらの広域交易によって繁栄した。現在の登録範囲は約15.095ha、緩衝地帯は約258.365haで、主要建造物群と周囲の居住区遺構を含む。

遺跡では4,500を超える遺構が確認され、アクロポリス、公共広場、神殿、階段、王の肖像を刻む祭壇や石碑が集中する。他のマヤ遺跡と比べても石碑などに刻まれたマヤ文字の量が多く、精緻なレリーフの門や彫刻とともに、王朝の政治、儀礼、歴史を具体的に読み解ける点が大きな特色である。

コパンのマヤ遺跡の風景

歴史

マヤ文明はマヤ諸語を話す人びとによって築かれ、紀元前1800年頃にメキシコとグアテマラの太平洋岸高地で始まり、多くの都市国家を生んだ。コパンでは5〜9世紀に王朝が栄え、黒曜石や翡翠の交易を背景に発展した。特に第13代ワシャクラフン・ウバーフ・カウィル王(18ウサギ王)の治世には、石碑や神殿を通して都市の威信が大きく高められた。祭壇Qには歴代王の肖像が刻まれ、豊富なマヤ文字資料とともに王朝史を伝える。都市は10世紀初頭までに放棄された。

遺跡は1570年にディエゴ・ガルシア・デ・パラシオによって報告され、19世紀に本格的な発掘が始まった。1980年、マヤ文明の発展段階と政治・宗教文化を示す遺産として登録基準(iv)(vi)で世界遺産に登録された。2021年には範囲が変更され、現在の登録範囲と緩衝地帯が整理された。

参考

  • UNESCOMaya Site of Copan
  • 書籍『くわしく学ぶ世界遺産300〈第5版〉』(発行:世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局、発売:マイナビ出版)
  • 書籍『きほんを学ぶ世界遺産100〈第4版〉』(発行:世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局、発売:マイナビ出版)

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