聖ヨハネ騎士団のゴシック建築とオスマン建築が重なる要塞都市

ロドス島の中世都市

Medieval City of Rhodes

幾重もの石壁を抜けると、騎士たちの館と異文化が刻んだ路地が時を止めています。

ロドス島の中世都市のミニチュア

概要

エーゲ海のロドス島に、聖ヨハネ騎士団が14世紀初頭から築いた城塞都市です。全長約4kmの城壁内では、騎士団長の館や騎士団通りなどのゴシック建築と、のちのオスマン統治を伝えるモスクや浴場が共存しています。

  • ギリシャ
  • 文化遺産
  • 1988年登録
  • 検定2級

見どころ

石造の館が両側に連なるロドス島中世都市の騎士団通り

騎士の館が連なる騎士団通り

石畳の坂道に、フランスやイングランドなど地域・言語圏ごとの館が並びます。重厚な石造ファサードをたどると、国際的な騎士団が築いた上町の秩序が見えてきます。

塔と城壁を備えたロドス島の騎士団長の館

城壁都市を見下ろす騎士団長の館

塔を備えた宮殿は騎士団の政治と防衛の中心でした。ゴシック様式の威厳ある外観と周囲の城壁、その先に広がる港が、ロドスの戦略的重要性を物語ります。

地理

エーゲ海南東部、アナトリア半島沿岸に近いロドス島の港を望む旧市街です。市街は全長約4kmの堅固な城壁、稜堡、濠で囲まれ、地中海航路を押さえる戦略的な港湾要塞を形づくっています。

上町には騎士団長の館、騎士団通り、大病院など騎士団時代の主要施設がまとまります。下町にはゴシック様式の建物に加え、オスマン時代のモスク、公衆浴場、住宅が残り、支配者の交替を一つの都市景観の中で読み取れます。

ロドス島の中世都市の風景

歴史

第1回十字軍期にエルサレムで生まれた聖ヨハネ騎士団は、東地中海で本拠地を移したのち、1309年にロドス島を占領しました。イスラム勢力に対抗する拠点として市街を要塞化し、キプロス島に代わる新たな本拠地を築きます。フランス、イングランド、プロヴァンスなど7つの地域・言語圏から集まった貴族の騎士たちは、騎士団通りに言語別の7つの館を構えました。騎士団長の館、大病院、館群は上町にまとまり、地中海ゴシック都市の優れた景観を生みました。

1522年のオスマン軍による包囲の後、騎士団は1523年にロドスを去りました。以後のトルコ統治ではモスクや浴場が加わり、さらにイタリア統治も経験したため、中世西欧とオスマンの建築文化が同じ城壁内に重層しています。1988年、この歴史的都市構造と文化交流の証拠が評価され、登録基準(ii)(iv)(v)で世界遺産となりました。

参考

  • UNESCOMedieval City of Rhodes
  • 書籍『くわしく学ぶ世界遺産300〈第5版〉』(発行:世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局、発売:マイナビ出版)

公開日: 最終更新: