概要
エーゲ海のロドス島に、聖ヨハネ騎士団が14世紀初頭から築いた城塞都市です。全長約4kmの城壁内では、騎士団長の館や騎士団通りなどのゴシック建築と、のちのオスマン統治を伝えるモスクや浴場が共存しています。
見どころ
騎士の館が連なる騎士団通り
石畳の坂道に、フランスやイングランドなど地域・言語圏ごとの館が並びます。重厚な石造ファサードをたどると、国際的な騎士団が築いた上町の秩序が見えてきます。
城壁都市を見下ろす騎士団長の館
塔を備えた宮殿は騎士団の政治と防衛の中心でした。ゴシック様式の威厳ある外観と周囲の城壁、その先に広がる港が、ロドスの戦略的重要性を物語ります。
地理
エーゲ海南東部、アナトリア半島沿岸に近いロドス島の港を望む旧市街です。市街は全長約4kmの堅固な城壁、稜堡、濠で囲まれ、地中海航路を押さえる戦略的な港湾要塞を形づくっています。
上町には騎士団長の館、騎士団通り、大病院など騎士団時代の主要施設がまとまります。下町にはゴシック様式の建物に加え、オスマン時代のモスク、公衆浴場、住宅が残り、支配者の交替を一つの都市景観の中で読み取れます。
歴史
第1回十字軍期にエルサレムで生まれた聖ヨハネ騎士団は、東地中海で本拠地を移したのち、1309年にロドス島を占領しました。イスラム勢力に対抗する拠点として市街を要塞化し、キプロス島に代わる新たな本拠地を築きます。フランス、イングランド、プロヴァンスなど7つの地域・言語圏から集まった貴族の騎士たちは、騎士団通りに言語別の7つの館を構えました。騎士団長の館、大病院、館群は上町にまとまり、地中海ゴシック都市の優れた景観を生みました。
1522年のオスマン軍による包囲の後、騎士団は1523年にロドスを去りました。以後のトルコ統治ではモスクや浴場が加わり、さらにイタリア統治も経験したため、中世西欧とオスマンの建築文化が同じ城壁内に重層しています。1988年、この歴史的都市構造と文化交流の証拠が評価され、登録基準(ii)(iv)(v)で世界遺産となりました。
