概要
ドイツとポーランドの国境を流れるナイセ川の両岸に広がる風景式公園。ムスカウ公ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウが1815~1844年に自生植物と自然地形を生かして造営し、周辺農村と町を取り込む設計が欧米の景観設計に大きな影響を与えた。
見どころ
城館と水面を結ぶ風景画の眺望
再建された城館を、池や川、橋、広い芝地、樹林が額縁のように囲む。建物だけでなく視線の流れまで設計した「植物で描く絵画」という理念を体感できる。
ナイセ川を越えて続く一つの公園
現在の国境であるナイセ川の両岸に園路と草地が続き、橋がドイツ側とポーランド側を結ぶ。戦後に分断されても景観全体を一つとして守る国際協力の意味が見える。
地理
公園はナイセ川をまたぐ559.9haの広大な景観で、西岸のドイツ側がムスカウ公園、東岸のポーランド側がムジャクフ公園と呼ばれる。草地、樹林、水辺、自生植物を人工的な庭園の境界で区切らず、周囲の農地へ連続させたイギリス式庭園である。
再建された城館、川を渡る橋、樹木園、曲線を描く園路に加え、町へ延びる緑の通路が都市公園と開発区域を縁取る。町そのものまで理想的景観の構成要素に組み込み、「植物で描く絵画」として既存地形の性質を引き立てた。
歴史
ムスカウ公ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウは1815年から1844年にかけて、古典的理想郷の再現ではなく、土地固有の植物と地形から美しさを引き出す公園を造営した。農村と町まで含む新しい景観設計は、ヨーロッパとアメリカの造園・ランドスケープ建築の模範となった。
もとは一つの公園だったが、第二次世界大戦後にナイセ川が国境となり、ドイツとポーランドに分断された。国境を越える遺産を多国間協力で守るトランスバウンダリー・サイトは、同じ歴史・文化圏が国境で分かれた文化遺産にも適用され、関係国による共同管理が重視される。この公園は、分断された一体の景観を両国が協力して保全する例である。
人類の創造的資質を示す景観設計の傑作として登録基準(i)、人類史の重要な段階を示し後世へ影響した風景式公園の顕著な見本として(iv)が認められ、2004年に世界遺産へ登録された。
