概要
ミクロネシア連邦ポンペイ島南東沖の浅海に、100を超える人工島を水路で結んだ儀礼都市遺跡です。1200〜1500年ごろ、シャウテレウル朝(サウデルール朝)が宮殿、神殿、墓所、住居を築き、政治と宗教の中心として用いました。海上に大量の玄武岩を運び、巨大な石壁を組み上げた建設規模は、高度に組織化された社会と独自の宗教世界を示します。一方、建設方法や運搬の全容にはなお謎が残ります。2016年に登録基準(i)(iii)(iv)(vi)で世界遺産に登録され、マングローブの繁茂と石造構造物の損傷が深刻なため、同時に危機遺産リストへ記載されました。
見どころ
玄武岩を組んだ海上の巨壁
柱状の玄武岩を縦横に重ねた壁は、丸太を組むような独特の姿を見せます。重量のある石材を海上へ運び、人工島の上に巨大構造を築いた技術と、労働力を統率した王朝の力を実感できる場所です。
水路とマングローブが囲む人工島群
島と島の間を舟で進む視点から見ると、ナン・マトールが陸上都市ではなく、海を内部へ取り込んだ儀礼空間だとわかります。同時に、石壁へ迫るマングローブが危機遺産としての保存課題を目に見える形で伝えます。
地理
遺産は太平洋西部、ポンペイ島南東岸に接する礁湖の浅瀬にあります。サンゴ礁の上に石材とサンゴ片を積み、大小100以上の人工島を造成し、島々の間を運河のような水路で区切りました。水上交通を前提とするため「太平洋のヴェネツィア」とも形容される特異な都市構造です。壁には柱状の玄武岩を横木のように交互に重ねる技法が見られ、潮、水、植生に囲まれた環境そのものが遺構の理解と保存に直結します。
歴史
1200〜1500年ごろ、ポンペイ島を支配したシャウテレウル朝は、分散して暮らしていた人々と祭祀をナン・マトールへ集めました。人工島ごとに宮殿、神殿、王墓、祭司や従者の住居など異なる役割を与え、政治的支配と宗教儀礼を一体化した中心地を形成します。巨大な玄武岩を海上へ運び、地盤を造成して壁を築く事業は、資源と労働力を統率できる高度な社会を物語ります。王朝の記憶と結びつく伝承や信仰も残る一方、正確な建設工程など未解明の点があります。
登録基準(i)は人類の創造的才能を示す傑作、(iii)は現存または消滅した文化的伝統・文明の稀有な証拠、(iv)は人類史の重要な段階を示す建築・技術の集合や景観の優れた例、(vi)は顕著な普遍的価値をもつ出来事、伝統、思想、信仰、芸術・文学作品との直接的な結びつきを評価します。基準(vi)は通常ほかの基準と併用され、ナン・マトールでも壮大な人工島建設、シャウテレウル朝の証言、儀礼都市の構成、今に続く口承・信仰が組み合わせて評価されています。
2016年の登録時、マングローブの根が石積みへ入り込み、風化や構造の崩れも進んでいたため、危機遺産にも同時記載されました。危機遺産リストは、既に確認できる重大な危険と、将来現実化しうる潜在的危険を区別しながら、国際協力と基金支援を集中させる制度です。保全計画と危機を脱したと判断できる望ましい保全状態を定め、世界遺産委員会が毎年審査します。損傷の記録、植生管理、石造構造の安定化を継続しなければ、顕著な普遍的価値そのものを失うおそれがあります。
