概要
トルコ南東部の標高2,206mの聖山に、コンマゲネ王アンティオコス1世が築いた紀元前1世紀の巨大墳墓。円錐形の墳丘、神々と王の巨像、天体を刻む石板が、ギリシャとペルシアの融合したヘレニズム文化と王の神格化を伝える。
見どころ
神々と王が並ぶ山頂テラス
東西テラスでは、ギリシャ・ペルシアの神々とアンティオコス1世の巨大な頭部が墳丘を囲む。地震で胴体から落ちた像が、二つの文化を融合したコンマゲネ王国の信仰と王権を圧倒的なスケールで伝える。
星空を刻んだ『王の星占い』
獅子と星々を刻む『王の星占い』の石板は、水星・火星・金星が一直線に並ぶ紀元前62年7月7日を示すとされる。王がローマからこの地を託された日と結び付けられる、政治と天体観を重ねたレリーフである。
地理
トルコ南東部、かつてシリア北方とユーフラテス川流域の間に栄えたコンマゲネ王国の聖山、標高2,206mのネムルト山頂に築かれた墳墓遺跡である。山頂には砕石を積み上げた巨大な円錐形の墳丘がそびえ、築造時には高さ約75m、現在も約50mあるとされる。
墳丘の東西には祭祀用のテラスが設けられ、ギリシャとペルシアの神々、王アンティオコス1世自身を表す巨像が並ぶ。地震で胴体から落ちた頭部がテラス上に残る光景は、山岳景観と一体になった記念建造物の規模を際立たせる。北側のテラス付近には約80mに及ぶ装飾壁と石板群があり、神々と王の結び付きを図像で示している。
歴史
コンマゲネ王国はアレクサンドロス大王の帝国分裂後に成立し、ギリシャ系とペルシア系という二つの文化的系譜を受け継いだ。紀元前69年に即位したアンティオコス1世は、ローマとの交渉によって王国の自由を確保し、鉱物資源と交易を背景に繁栄を築いた。
王は存命中、聖なるネムルト山の頂に自らの墓廟を築き、神々と並ぶ存在として自身を顕彰した。テラスの巨像はギリシャとペルシア双方の神々を一つの神殿空間に迎え、神々と握手する王の石板は、王が偉大な神々と対等になろうとした思想を表す。ヘレニズム期の壮大な建設事業であると同時に、王国文化の二重の起源を具体的に示す遺跡である。
『王の星占い』には獅子と星々、水星・火星・金星の配置が刻まれ、紀元前62年7月7日を示すと考えられている。墳墓は1881年に発見され、1953年から本格的な調査が始まったが、墓室へ至る通路はなお見つかっておらず、内部構造には未解明の部分が多い。1987年、登録基準(i)(iii)(iv)で世界遺産に登録された。
