概要
イスラエル北部の西ガリラヤにある歴史的な城壁港湾都市。フェニキア時代から居住が続き、ほぼ完全に残る12~13世紀の十字軍都市の上へ、18~19世紀のオスマン帝国都市が築かれたという二重構造が最大の特色である。
見どころ
地下に残る十字軍の騎士団施設
現在の市街の下には、聖ヨハネ騎士団の集会所や教会、宿泊施設が残る。石造の大広間と連続するヴォールト空間は、中世十字軍都市の構成を実体として伝える。
オスマン城壁と地中海の港
18~19世紀のオスマン帝国都市を囲む厚い海上城壁の内側に、モスク、ハーン、住宅と港が密集する。地下の十字軍都市とは異なる時代の都市景観を一望できる。
地理
アッコは地中海に面するイスラエル北部、西ガリラヤの港湾都市である。フェニキア時代から人々が住み続けた場所で、現在の旧市街はオスマン帝国期の城壁と海上防壁に囲まれている。
地上には城塞、モスク、ハーン(隊商宿)、浴場、密集した住宅と港が残る。その地下や現在の街路面の下には、1104~1291年の十字軍都市の街路と建造物がほぼ完全な姿で保存され、異なる時代の都市が上下に重なる。
歴史
12~13世紀、アッコはイスラム教徒とキリスト教徒が争った十字軍の重要拠点であり、中世の十字軍国家エルサレム王国の首都として発展した。地下には十字軍の主力であった聖ヨハネ騎士団の集会所、教会、宿泊設備などが残り、当時の都市設計と建築を具体的に伝える。
13世紀末にエジプトのマムルーク朝の支配下へ入り、都市はほぼ廃墟となった。18世紀半ば以降、オスマン帝国が十字軍都市の遺構の上に城壁、城塞、モスク、ハーン、浴場を備えた港湾都市を再建し、その姿が19世紀までに整えられた。
十字軍とオスマンの都市文化が重なる価値観の交流を示す点が登録基準(ii)、十字軍都市の独特な証拠である点が(iii)、長く機能した城壁港湾都市という伝統的集落の顕著な見本である点が(v)で評価され、2001年に世界遺産に登録された。
