概要
アドリア海に面するクロアチアの城塞都市。13世紀以降、ラグーサ共和国としてヴェネツィアと並ぶ海上交易の拠点となり、ゴシック、ルネサンス、バロック建築が共存する。大地震と20世紀末の内戦を越えて復興した街並みは、現在、過剰観光への対応という新たな課題に向き合う。
見どころ
アドリア海を望む旧市街の城壁
海岸線に沿って旧市街を一周する石造城壁から、赤い瓦屋根、旧港、アドリア海を同時に見渡せる。海洋共和国が交易都市を守った防衛景観の核心である。
復興を見守る聖ブラジウス教会
旧市街の中心に立つバロック様式の教会。都市の守護聖人を祀り、震災と紛争から再建を重ねたドゥブロヴニクの信仰と復興を象徴する。
地理
クロアチア南部、ダルマチア地方のアドリア海岸に築かれた城塞都市で、「アドリア海の真珠」と呼ばれる。登録範囲96.7ha、緩衝地帯1,188.6haのうち、厚い石造城壁が海へ張り出す旧市街を囲み、旧港と街路、教会、修道院、宮殿、噴水が密集する。
市内にはゴシック、ルネサンス、バロックの建築が重なり、1667年の大地震後に再建された均整ある街並みも含む。守護聖人を祀る聖ブラジウス教会、城門から延びるストラドゥン大通り、海と市街を一望する城壁は、海洋都市の信仰・交易・防衛が結びついた景観を伝える。
歴史
13世紀以降、ドゥブロヴニクはラグーサ共和国として地中海交易の重要拠点となり、ヴェネツィアと並ぶ海洋勢力へ発展した。1667年の大地震で壊滅的被害を受けたが、城壁内の都市は再建され、複数の建築様式が調和する景観を取り戻した。1979年に世界遺産へ登録され、1994年に登録範囲が拡大された。
1990年代のユーゴスラヴィア崩壊に伴う内戦では砲撃による深刻な損傷を受け、1991~1998年に危機遺産リストへ記載された。UNESCOが調整する修復事業によって城壁や聖ブラジウス教会を含む街並みが復興し、2018年には境界が変更された。現在は観光客の集中による過剰観光も課題であり、住民生活と顕著な普遍的価値を両立させる持続可能な観光管理が求められている。
