概要
オスマン帝国時代の城壁に囲まれたエルサレム旧市街は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地。嘆きの壁、聖墳墓教会、岩のドームをはじめ約220の歴史的建造物が集まり、宗教交流と対立の長い歴史を伝える。
見どころ
岩のドームと嘆きの壁
7世紀に建てられた岩のドームは、金色の円蓋と幾何学・植物文様で旧市街を象徴する。近くの嘆きの壁とともに、複数の宗教にとって重い意味をもつ聖域を形づくる。
聖墳墓教会の復活の円堂
イエス・キリストの墓を納めるとされる聖墳墓教会の中心空間。復活の円堂とその下の墓所は、キリスト教徒がエルサレムを聖地とする核心を伝える。
地理
旧市街はオスマン帝国時代に築かれた城壁に囲まれた約1km四方の都市空間で、歴史的・宗教的に重要な建造物が密集する。城壁内は複数の宗教共同体の地区に分かれ、モリヤの丘には7世紀建立の岩のドームが立つ。その幾何学文様・植物文様の装飾と金色の円蓋は、石造市街の中でひときわ際立つ。
この地は、ユダヤ教ではソロモンが十戒を納める神殿を築いた場所、キリスト教ではイエス・キリストが十字架刑に処せられた場所、イスラム教ではムハンマドが天界へ旅立ったとされる場所として信仰される。ユダヤ教の嘆きの壁、キリスト教の聖墳墓教会、イスラム教の岩のドームが、それぞれの聖所を代表する。岩のドームの地は三宗教がアブラハムの犠牲の場所と認め、聖墳墓教会の復活の円堂にはキリストの墓が納められている。
歴史
紀元前1000年頃、ダヴィデがエルサレムを古代イスラエル王国の首都とし、後継者ソロモンがモリヤの丘に神殿を築いた。紀元前63年にローマ帝国の支配下へ入り、後70年にはローマ軍が市街と神殿を破壊したため、ユダヤ人は世界各地へ離散するディアスポラを経験した。
638年にイスラム軍が占領し、1099年には十字軍が奪回したが、1187年にサラディンが再びイスラム勢力の支配へ戻した。その後、イスラム教徒による支配は20世紀初頭まで続き、領有をめぐる争いの中で多くの神殿や礼拝堂が失われた。1世紀のパレスチナで生まれたキリスト教と、ムハンマドの啓示に始まるイスラム教が各地へ広がる過程でも、エルサレムは特別な聖地であり続けた。
1981年、国際状況と保全状態を考慮し、保有国以外による推薦が認められた唯一の例外としてヨルダンの申請で世界遺産に登録された。帰属をめぐる紛争、急速な都市化、巡礼者による観光被害などのため、1982年から危機遺産リストに記載されている。
