概要
パリの南西約20kmに築かれた、太陽王ルイ14世の王宮と庭園。1661年に建設が始まり、贅を尽くした宮殿、全長約73mの鏡の間、幾何学的なフランス式庭園がフランス・バロック様式の最高傑作を形づくった。その造形はヨーロッパ各国の王宮建築の模範となり、1979年に登録基準(i)(ii)(vi)で世界遺産に登録、2007年に範囲が変更された。
見どころ
鏡の間
全長約73m、幅約10mの大回廊。17の窓に向き合う17の鏡が庭園の光を反射し、ルイ14世の宮廷文化とフランス・バロックの華麗さを凝縮する。
幾何学的なフランス式庭園
宮殿から延びる軸線に左右対称の植栽、池、彫刻、噴水を配置した代表的フランス式庭園。ネプチューン像も壮大な演出の一部をなす。
地理
ヴェルサイユ宮殿はフランスの首都パリから南西約20kmに位置する。宮殿を中心軸として左右対称の広間や翼棟が展開し、その外側には直線、軸線、幾何学模様で秩序づけられた広大なフランス式庭園が続く。庭園に置かれた噴水や彫刻のうち、ネプチューン像は神話的な演出を代表する。
建築と庭園を一つの壮大な構成として統合し、王権の威光を視覚化したことが大きな特徴である。贅を尽くしたフランス・バロックの宮殿はヨーロッパ諸国の王族の羨望を集め、各地でヴェルサイユを模範とする宮殿が建設された。
歴史
17世紀、ブルボン朝のルイ14世はヴェルサイユへ本拠を移し、1661年に王宮建設を命じた。王の権力と宮廷文化を体現する宮殿と庭園は、豪華な装飾と厳格な空間構成を組み合わせ、フランス・バロック様式の最高傑作と称された。
宮殿を象徴する鏡の間は全長約73m、幅約10m。庭園に向けて開く17の窓と向かい合う壁に17の鏡が埋め込まれ、光と庭園景観を室内へ取り込む。外部では幾何学模様の庭園とネプチューン像などの彫刻・噴水が、建築から延びる秩序ある軸線をつくる。
1789年7月14日のバスティーユ牢獄襲撃をきっかけにフランス革命が始まると、政治の中心は再びパリへ移った。しかしヴェルサイユが確立した宮殿・庭園の形式はヨーロッパ各地へ強い影響を与え続けた。1979年に登録基準(i)(ii)(vi)で世界遺産に登録され、2007年に登録範囲が変更された。
