概要
ポツダムからベルリン南西部にかけ、歴代プロイセン王が築いた宮殿と庭園の文化的景観。フリードリヒ2世のサンスーシ宮殿は質素で小規模な外観と豪華なドイツ・ロココ室内を併せ持ち、六段のテラス庭園やツェツィーリエンホーフ宮殿とともに芸術的総体をつくる。
見どころ
小さな宮殿のドイツ・ロココ
サンスーシ宮殿は一階建ての控えめな外観とは対照的に、楕円形の大理石広間などを金箔のロカイユ装飾が埋める。フリードリヒ2世が求めた私的な夏宮の洗練を凝縮した空間である。
ポツダム会談のツェツィーリエンホーフ
赤煉瓦、濃い木骨組み、急勾配屋根、多数の煙突をもつ英国テューダー風宮殿。プロイセン王家の歴史を受け継ぎながら、1945年に戦後秩序を話し合うポツダム会談の舞台となった。
地理
ドイツ北東部のポツダムとベルリンにまたがり、ハーフェル川とグリーニッケ湖の岸辺に宮殿と公園が連なる。ポツダムの約500haの公園内には、1730〜1916年に建設された約150棟の建物が展開し、ベルリンのツェーレンドルフ地区まで続く。
中心となるサンスーシ宮殿は丘の上に建つ一階建ての小規模な宮殿で、正面斜面には葡萄棚を組み込んだ6段のひな壇状テラスが下る。下部には噴水と幾何学的な植栽をもつフランス式庭園が広がる。時代や様式の異なる宮殿、庭園、水辺が一体となる折衷的な景観が、この遺産の独自性を強めている。
歴史
18世紀半ば、プロイセン王フリードリヒ2世は1745〜1747年にサンスーシ宮殿を建設した。名称はフランス語で「憂いなし」を意味し、外観は質素で規模も小さい一方、楕円形の大理石広間などの室内は金箔のロカイユ装飾に彩られ、ドイツ・ロココ様式の代表例となった。哲学者ヴォルテールもこの宮殿に滞在した。
歴代のプロイセン王はその後も宮殿と庭園を造り続け、ハーフェル川と湖の景観を取り込む大規模な文化的景観へ発展させた。サンスーシ宮殿北東のツェツィーリエンホーフ宮殿は赤煉瓦と木骨組み、多数の煙突をもつ英国テューダー風の外観で、1945年のポツダム会談の舞台として知られる。
1990年に登録基準(i)(ii)(iv)で世界遺産に登録された後、1992年と1999年に登録範囲が拡大され、ポツダムとベルリンにまたがる宮殿・庭園群が一つの芸術的総体として保護されている。
