概要
イラン南部にダレイオス1世が紀元前518年から築いたアケメネス朝ペルシアの王都。高さ約20mの大基壇に、クセルクセス門、謁見の間アパダナ、王宮群が並ぶ。諸民族の使節を刻んだ浮彫は、宗教儀礼と多民族帝国の秩序を伝える。
見どころ
使節を迎えたクセルクセス門
大階段の先に立つ記念門で、人面有翼牡牛像が入口を守る。帝国各地から集まる使節を迎える装置として、アケメネス朝の世界帝国観を象徴する。
アパダナ大階段の諸民族レリーフ
ダレイオス1世が着工した大謁見殿。階段壁面には各地の使節が衣装や献上品の違いまで精緻に刻まれ、多民族を統合した帝国の広がりを視覚化する。
地理
イラン南部ファールス地方に位置する、登録面積12.5haのアケメネス朝ペルシアの王都遺跡である。山麓の地形を利用しながら石を約20m積み上げた、半ば人工・半ば自然の巨大な基壇の上に、王宮、儀礼空間、列柱殿を配置した。
緩やかな大階段を上り切ると、人面有翼牡牛像が守るクセルクセス門(万国の門)が現れる。基壇上の謁見の間(アパダナ)へ続く階段には、帝国各地から贈り物を携えて訪れる諸民族の使節が浮彫で表される。メソポタミアの宮殿建築を取り入れながら、多民族帝国の秩序と宗教儀礼を独自の壮大な造形へまとめた。
歴史
紀元前518年、アケメネス朝第3代皇帝ダレイオス1世がペルセポリスの造営を始めた。紀元前6~前5世紀の最盛期にかけて後継王が宮殿群を完成させ、王権を示す都であると同時に、新年祭などの宗教儀礼の場として用いられた。
紀元前330年、マケドニアのアレクサンドロス大王の侵攻によって都市は破壊され、壮大な宮殿群は廃墟となった。しかし大基壇、門、列柱、浮彫は残り、アケメネス朝の芸術と多民族帝国の姿を伝える唯一無二の考古遺跡となった。1979年、登録基準(i)(iii)(vi)により世界遺産へ登録された。
