概要
メキシコ中部アナワク高原に築かれた、メソアメリカ最大級の計画都市。死者の大通り、太陽と月のピラミッド、ケツァルコアトルの神殿が幾何学的に並ぶ。4〜7世紀には人口15万人を超えたが、建設者と衰退の理由には謎が残る。
見どころ
死者の大通りと二つの大ピラミッド
南北に延びる死者の大通りの先へ月のピラミッドが立ち、東側には都市最大の太陽のピラミッドがそびえる。太陽のピラミッドは夏至の日没方向と結び付く高度な天文知識を示す。
羽毛の蛇を刻むケツァルコアトル神殿
ラ・シウダデラの中心に立つ神殿には、羽毛をもつ蛇ケツァルコアトルの彫刻が並ぶ。傾斜壁と垂直壁を交互に積むタルー・タブレロ式を、立体的な装飾とともに観察できる。
地理
メキシコ中部のアナワク高原、メキシコシティの北東約50kmに位置する、アメリカ大陸最大規模の都市遺跡である。都市名は「神々が創られた場所」を意味し、南北を死者の大通りが貫く。通りに沿って太陽と月のピラミッド、ラ・シウダデラ、宮殿や祭祀施設が幾何学的・象徴的な原理で配置された。
太陽のピラミッドは底辺約225m、高さ約63mに達する都市最大の建造物で、夏至の日にはその正面方向へ太陽が沈むよう設計されたとされる。ラ・シウダデラ中央のケツァルコアトルの神殿をはじめ、傾斜壁タルーと垂直壁タブレロを交互に積むタルー・タブレロ式で築かれた約600基のピラミッドや宮殿が整然と並んでいた。
歴史
紀元前200年頃から周辺の小集落が統合され、1〜7世紀に巨大な聖都が建設された。4〜7世紀頃には人口15万人を超える大都市となり、宗教、文化、芸術はメソアメリカ全域とその外側にまで大きな影響を与えた。
都市を築いた民族の詳細は分かっておらず、7世紀後半頃から急速に衰退した理由もなお謎である。ケツァルコアトルは羽毛をもつ蛇の姿をした創造と科学の神として後のアステカ文明で信仰され、マヤ文明ではククルカンと呼ばれた。こうした共通性にも、テオティワカン文化の広い影響がうかがえる。
発掘調査は1884年に始まったが、広大な都市域の大半はいまも地中にあり、発掘済みは全体の約10分の1にとどまる。メソアメリカの都市計画、記念建築、宗教文化を伝える遺跡として、1987年に登録基準(i)(ii)(iii)(iv)(vi)で世界遺産に登録された。
