概要
チリ本土の西約3,700kmに浮かぶラパ・ニュイ島で、ポリネシア系社会が築いた祭祀建築とモアイの文化的景観を守る国立公園。凝灰岩から彫られた約900体の像とアフが、外部の影響をほぼ受けず発達した造形文化を伝える。
見どころ
アフ・トンガリキの十五体
海を背に十五体のモアイが一列に立つ、島を代表する祭祀景観。像ごとに異なる輪郭と巨大な石造基壇が、共同体の造形力と祖先へのまなざしを実感させる。
石像が生まれたラノ・ララク
火山の凝灰岩を切り出した採石場には、斜面から頭部を出す像や制作途中の像が残る。完成像だけでは見えないモアイ制作の工程を景観のなかで読み解ける。
地理
南太平洋の孤島、チリ本土から西へ約3,700km離れたラパ・ニュイ島に位置する。先住民の言葉でラパ・ニュイは「輝ける偉大な島」を意味する。島内には凝灰岩を切り出したモアイが約900体残り、数え方によっては約1,000体に及ぶとされる。海岸の祭壇アフに立つ像と、採石場ラノ・ララクの制作途中の像が、採石・運搬・祭祀の連続した景観をつくる。
多くのモアイは5〜7mほどだが、10mを超える大型像も存在する。島の火山地形、石像、祭祀基壇、集落跡が結びつき、人間の創造力と限られた環境へ適応した社会の足跡を示している。
歴史
UNESCOの説明はポリネシア系社会の定住を紀元300年頃とする一方、世界遺産の推薦書は4世紀頃、近年の研究では10世紀前後を有力とするなど、居住開始年代には幅がある。10〜16世紀に祭壇と巨大石像の造営が進んだ。検定資料では、ポリネシア系の長耳族が10世紀頃に制作を始め、11世紀頃までは5〜7mの像が中心だったのに対し、南米から短耳族が移住した後は10mを超す像も造られた、という伝承的説明が紹介される。
16世紀頃には人口増加に伴う食糧難と部族間抗争が生じ、相手のモアイを倒すフリ・モアイが行われたと伝えられる。それでも石像と祭祀遺構は、孤立した環境で育まれた独創的な社会を伝え続け、1995年に国立公園が世界遺産へ登録された。
