概要
韓国・慶州郊外の吐含山に築かれた8世紀の宗教建築群。人工石窟の中央に如来坐像を置く石窟庵と、石橋・石塔・木造伽藍からなる仏国寺が、統一新羅の高度な建築、彫刻、仏教思想を一体で伝える。
見どころ
海を望む石窟庵の如来坐像
花崗岩の切石で築いた円形主室の中央に、触地印を結ぶ如来坐像が座る。壁面を囲む菩薩、弟子、神々の精緻な浮彫とともに、東アジア仏教美術の到達点を伝える。
多宝塔と釈迦塔が向き合う仏国寺
仏国寺の中庭では、細部豊かな多宝塔と均整の取れた三層の釈迦塔が対をなす。異なる造形を並べることで、統一新羅の石造技術と仏教世界の調和を見せる。
地理
石窟庵と仏国寺は、かつて統一新羅の都だった韓国南東部・慶州の郊外、吐含山の斜面に位置する。山上の石窟庵と山麓側の仏国寺が一つの宗教建築群を構成し、石窟庵の本尊は東の海へ視線を向ける。
石窟庵は自然洞窟ではなく、花崗岩の切石を積んで土をかぶせた人工石窟である。方形の前室から短い通路を通って、ドーム天井の円形主室へ至る前方後円形の平面をもち、主室中央には白い花崗岩の如来坐像を安置する。触地印を結ぶ本尊の周囲には、神々、菩薩、弟子たちが高浮彫・浅浮彫で写実的かつ繊細に刻まれている。仏国寺では、青雲橋・白雲橋の石段と石造アーチ、装飾的な多宝塔と簡潔な釈迦塔が、地上の仏国土を石と木で表す。
歴史
新羅は百済と高句麗を滅ぼし、676年に朝鮮半島初の統一国家となった。律令制度を採用する中央集権国家として栄え、仏教を国家と王権を支える文化に育てた。751年、宰相金大城が造営を始め、前世の父母のために石窟庵(当初は石仏寺)、現世の父母のために仏国寺を建立したと伝わる。仏国寺は774年に完成したとされ、両者は統一新羅王朝を代表する仏教芸術の傑作となった。
仏国寺の主要建造物は16世紀末、豊臣秀吉による朝鮮出兵の戦火で焼失した。その後たびたび修復され、1973年の大改修によって今日見られる伽藍が整えられた。1995年、石窟庵と仏国寺は登録基準(i)(iv)で世界文化遺産に登録された。人工石窟の建築、彫刻、信仰空間が一体となる石窟庵と、木造伽藍・石橋・石塔を組み合わせた仏国寺が、8世紀東アジア仏教文化の総合性を伝えている。
