概要
イラン北西部の山地で、湧水湖を中心に築かれたゾロアスター教の聖域。アケメネス朝時代から崇敬され、3世紀頃にはアザル・ゴシュナスブ寺院が巡礼者を集めた。宗教建築と宮殿建築の構成は後世のイスラム建築にも大きな影響を与えた。
見どころ
聖なる湖とアザル・ゴシュナスブ寺院
城壁内の中心を占める青い湖と、湖畔に残る拝火神殿の遺構は、水と火を聖なるものとした信仰の空間を伝える。ササン朝の王権とゾロアスター教の結びつきを読み解ける場所。
城壁とササン朝宮殿の軸線
山地の中で楕円形の城壁に守られ、門から湖、神殿、宮殿へと空間が連なる。宗教建築と王宮建築を一体化した構成が、後世のイスラム建築へ及ぼした影響を実感できる。
地理
イラン北西部の火山性山地に位置し、城壁で囲まれた楕円形の遺跡の中央に、地下水で満たされた深い湖がある。湖を軸として拝火神殿、王宮、列柱空間などが配置され、自然の水と火の信仰、王権の儀礼が一体となった聖域をつくる。
遺跡は周囲の荒涼とした高原から明確に区切られ、城門を通って湖畔の宗教・宮殿区域へ至る構成をもつ。この宗教建築と宮殿建築の空間計画はササン朝文化を代表し、のちのイスラム時代の建築にも受け継がれた。
歴史
この場所は紀元前6〜前4世紀のアケメネス朝時代から聖域として崇められた。3世紀頃のササン朝期には、王や軍人と結びつくゾロアスター教の重要な火の神殿アザル・ゴシュナスブ寺院が整えられ、多くの巡礼者を集めた。
ゾロアスター教は紀元前7世紀頃のペルシアで成立したとされ、火を清浄の象徴として重んじるため拝火教とも呼ばれる。最高神アフラ・マズダーと悪の力の対立を軸にする善悪二元論的な世界観をもち、この聖域はその信仰とササン朝王権との結びつきを具体的に示す。
後世、遺跡は旧約聖書のソロモン王と結びつけられ、タフテ・ソレイマーン(ソロモンの王座)と呼ばれるようになった。やがてこの名称は寺院だけでなく遺跡全体を指すようになり、13世紀のイル・ハン朝期には宮殿として一部が再利用された。
2003年、登録基準(i)(ii)(iii)(iv)(vi)で世界遺産に登録された。(i)は人類の創造的資質を示す傑作、(ii)は建築・技術・都市計画や景観設計の発展における重要な価値観の交流、(iii)は現存または消滅した文化的伝統・文明を伝える独特な証拠、(iv)は人類史の代表的段階を示す建築・技術・景観の顕著な見本、(vi)は顕著な普遍的価値をもつ思想・信仰・芸術的所産との直接的な関連を評価する。
