概要
14世紀半ばにランサン王国の都となったラオス北部の古都。黄金仏パバーンへの信仰、ワット・シェントーンの多層屋根、ラオス伝統都市と19〜20世紀のヨーロッパ植民地建築が調和する町並みを伝える。
見どころ
多層屋根のワット・シェントーン
16世紀に創建された古都を代表する寺院。本堂を覆う何層もの大屋根はルアン・パバン様式の特徴を最もよく示し、ランサン王国以来の上座部仏教と王都文化を象徴する。
ラオスとヨーロッパが重なる町並み
木造のラオス伝統家屋や寺院の間に、19〜20世紀のヨーロッパ植民地建築が溶け込む。異なる二つの建築文化が保存状態のよい都市景観をつくることが、古都の顕著な価値である。
地理
ラオス北部に位置する古都で、14世紀半ばにラオス最初の統一国家ランサン王国の都となった。王都として整えられた伝統的な街路と仏教寺院群に、19〜20世紀のヨーロッパ植民地統治期に築かれた建築が重なり、二つの文化伝統が調和する町並みを形づくっている。
代表的な遺構は16世紀創建のワット・シェントーンである。本堂は軒が低く幾層にも重なる、いわゆるルアン・パバン様式の屋根をもち、ラオス宗教建築の洗練された姿を伝える。仏教は紀元前6〜5世紀頃にガウタマ・シッダールタが悟りを開いたことを起源とし、東南アジアへ広がった上座部仏教の信仰、王都の都市構造、植民地建築が一つの歴史都市に共存する点が大きな特徴である。
歴史
14世紀半ば、初代国王ファーグムがラオス初の統一国家ランサン王国を築くと、ルアン・パバンはその都として発展した。上座部仏教を国教としたファーグムは、アンコール朝から多くの高僧を招き、教典と黄金の仏像パバーンを取り寄せた。パバーン仏はやがて王国の象徴となり、古都の名の由来にもなった。
16世紀にはワット・シェントーンが創建され、何層にも重なる屋根をもつ独自の寺院建築が王都の景観を特徴づけた。19〜20世紀にはヨーロッパの植民地当局による建築が加わったが、伝統的なラオスの都市構造と排他的に置き換わるのではなく、両者が融合した保存状態のよい町並みを生み出した。
1995年、異なる建築・都市文化の交流、歴史的都市の優れた典型、伝統的居住と土地利用の証拠として登録基準(ii)(iv)(v)で世界遺産に登録された。2013年には登録範囲が変更され、古都の価値を支える都市景観の保護範囲が見直された。
