概要
クラクフ郊外で13世紀から採掘されたヴィエリチカ、ボフニャの二つの岩塩坑と製塩所城。数百kmの坑道が13~20世紀の採塩技術を伝え、地下101mの聖キンガの礼拝堂では、岩塩のレリーフと結晶のシャンデリアが壮大な空間をつくる。
見どころ
岩塩で築いた聖キンガの礼拝堂
地下101mの大空間に、祭壇、聖書場面と『最後の晩餐』のレリーフ、塩の結晶のシャンデリアが輝く。すべてを岩塩から作った坑内芸術の頂点である。
二つの鉱山が伝える採塩技術の歴史
ヴィエリチカとボフニャの数百kmに及ぶ坑道には、採掘室、木組み、立坑が残る。中世から近代へ変化した採塩技術を地下でたどることができる。
地理
ポーランド南部、クラクフ郊外の岩塩層を開いた二つの鉱山と、その経営拠点だった製塩所城からなる連続資産である。ヴィエリチカとボフニャの坑内には総延長数百kmの坑道、採掘室、立坑、地下礼拝堂が広がり、13~20世紀に発達したヨーロッパの採塩技術を段階的に示す。
ヴィエリチカ岩塩坑の地下101mには聖キンガの礼拝堂があり、硬い岩塩を彫った聖書場面や『最後の晩餐』のレリーフ、塩の結晶で作られたシャンデリアが並ぶ。鉱山労働者が採掘空間に宗教芸術を刻んだ、産業遺産と信仰空間の融合が大きな特色である。
歴史
ヴィエリチカとボフニャでは13世紀から岩塩の採掘が続き、ヨーロッパ最古級の王立採塩事業を形成した。最盛期の14~16世紀には、岩塩収入がポーランド王国の財源の3分の1を占めるほど重要だった。鉱山の発見には、1224~1292年のハンガリー王女聖キンガが結婚指輪を投げた場所から最初の岩塩が見つかったという伝説が残る。
ヴィエリチカ岩塩坑は1978年に最初に世界遺産リストへ記載された12件の一つとなった。保存上の問題から1989~1998年には危機遺産リストに記載され、2008年に範囲変更、2013年にはボフニャ岩塩坑とヴィエリチカ製塩所城が構成資産に加わり、現在の名称と範囲になった。
