概要
中国河南省安陽市、北京の約500km南にある殷王朝後期の都城遺跡。紀元前1300年頃から前1046年頃まで栄え、宮殿・宗廟、王族墓、青銅器、神託を記した甲骨文字が、古代中国の文字、信仰、社会、工芸の高度な発展を伝える。
見どころ
甲骨文字が残る発掘坑
亀の腹甲や獣骨に刻まれた文字は、神託の結果から王朝の政治・社会までを記録した。甲骨が出土した穴と資料を通じ、漢字へつながる文字体系の初期段階をたどれる。
完全な姿で発見された婦好の墓
婦好の墓は殷王朝の王族墓として例外的に盗掘を免れた。墓坑と豊富な青銅器・玉器などの副葬品が、王族の地位と殷代工芸の高度な技術を示す。
地理
殷墟は安陽市近郊に広がる中国最古級の都市遺跡で、宮殿・王室宗廟区域、王族の陵墓区域、甲骨が採取された穴などからなる。宮殿・宗廟区域では80棟を超える建物基壇が確認され、後世の中国建築につながる王都の空間構成を示す。
王族墓のうち婦好の墓は、殷王朝の王族墓として唯一、盗掘を免れて完全な形で発見された。大量の副葬品は、青銅器時代の中国で工芸と科学技術が高い水準に達していたことを物語る。亀の腹甲や獣骨に刻まれた甲骨文字は、神託の結果を記録した世界最古級の文字体系の証拠である。
歴史
現在、考古学的に確認できる中国最古の王朝とされる殷は、後期の紀元前1300年頃から前1046年頃までこの地に都を置いた。繁栄した王都では宮殿と宗廟、王族墓、青銅器工房などが営まれ、古代中国の文化、工芸、科学の黄金期を形づくった。
発掘された甲骨には占いの問いや神託の結果が甲骨文字で記され、古代の信仰だけでなく王権、社会制度、言語の発展を知る基礎資料となった。完全な婦好の墓や精巧な副葬品、宮殿・王室宗廟の基壇は、文献だけでは見えない殷文明の具体像を伝える。
後世の建築と文字文化へ及ぼした価値観の交流を示すものとして登録基準(ii)、殷文明の存在を伝える独特な証拠として(iii)、青銅器時代の王都・宮殿・陵墓の顕著な見本として(iv)、甲骨文字が伝える信仰・思想との直接的な関連として(vi)が認められ、2006年に世界遺産へ登録された。
