稲生平太郎を試した、比熊山の大魔王
山ン本五郎左衛門
斬っても、突いても、刃はただ宙を裂くばかり。闇の奥から響くのは、腹の底を撫でるような笑い声。「我は山ン本五郎左衛門」——名乗った大魔王は、少年が最後まで震えなかったことを、むしろ喜んだ。「汝は我が修行の妨げ」。木槌を一つ残し、魔王は九州の空へ去っていった。
Overview
備後三次の比熊山に巣食っていたという大魔王。江戸中期の実録怪談『稲生物怪録』に登場し、若き稲生平太郎の度胸を一か月にわたって試した。多くの妖怪を統べる存在で、名は「さんもとごろうざえもん」と読む。
Encounter
きっかけは、触れると祟るという比熊山の天狗杉を、平太郎が肝試しに使ったことだった。以来その身辺には、天井いっぱいに広がる巨大な老婆の顔など、奇怪な出来事が続々と起こるようになる。そしてある日の夕暮れ、障子の向こうに大男が姿を現した。
Lore
斬りつけても手ごたえはなく、不気味な笑いとともに「刀をおさめよ」の声が響いた。正体を問われた大男は「我は山ン本五郎左衛門と申す」と名乗り、汝の気丈さは我が修行の妨げだと告げて九州へ去る。困ったときに使えと、一つの木槌を残して。
Traits
多彩な怪異を自在に操り、刃も通さぬ魔王でありながら、恐れぬ勇者には潔く敗北を認める器を持つ。三十日にわたり夜ごと平太郎を怪異で襲った末に引き上げ、残した木槌は今も広島の国前寺に、稲生武太夫ゆかりの品として伝えられている。