水底から伸びる、黒い毛の手
川熊
淵の面が、なぜか一つだけ波立った。櫓に伸びてきた黒い毛の手を斬り落とすと、それは猫の前足に似ていた。――以来その銃は蔵の奥に、川熊の御筒と呼ばれて眠っている。
Overview
川熊は秋田県の雄物川流域に現れたとされる妖怪。全身の姿は伝わらず、目撃されるのは水中から突き出る真っ黒な毛だらけの手や、猫の前足に似た手ばかり。菅江真澄の地誌に記され、水底から手を伸ばして鉄砲を奪い、船縁に手をかけるなどの怪異が語られる。
Encounter
雄物川で舟を出し、あるいは水辺で猟をしているとき、水音とともに川面から黒い手が伸びてくる。淵の深いあたりほど危うく、鉄砲でも櫓でも、掴めるものは容赦なく水底へ引き込もうとする。船縁に手をかけられたなら、ナタで斬り落とすほかに逃れる術はないと伝わる。
Lore
菅江真澄が出羽の地誌に書き留めた話では、殿様が雄物川で猟をしていると水中から毛むくじゃらの黒い手が現れて鉄砲を奪い、家来が最大の淵・洪福寺淵に潜って取り返した。その銃はのちに「川熊の鉄砲」「川熊の御筒」と呼ばれ家宝となった。別の話では、船頭が船縁にかかった手をナタで斬り落とすと猫の前足に似ており、椿川の地に川熊の手として残されたという。
Traits
ふだんは雄物川の深い淵に潜み、姿を見せずに水面から手だけを伸ばす。その手は真っ黒な毛に覆われ、あるいは猫の前足のようだといい、鉄砲や船縁など掴んだものを水底へ引き込もうとする。文政十年に捕らえられたという個体は鼠色で光沢があったと伝わる。見えるのが手ばかりであることから、河童の類とみる説もある。