破れ提灯から崩れ顔を浮かべる、四谷怪談の怨霊
提灯お岩
油の尽きかけた提灯の、破れた紙の奥がわずかに動く。腫れた瞼がゆっくりと持ち上がり、上目づかいにこちらを見る。恨みは、灯が消えても消えはしない。
Overview
歌舞伎『東海道四谷怪談』のお岩の怨霊が、破れた提灯と一体になって顔を現す姿。夫の裏切りと毒で容貌が崩れて死んだ女の恨みが、闇夜の火影にぬっと浮かび出る。怨念そのものが化けて灯った、恐ろしくも哀しい明かりである。
Encounter
舞台では終幕「蛇山庵室」で、仏壇や吊り提灯が突然に燃え上がり、その破れ目や炎の中から腫れ上がった女の顔がぬっと現れる。「提灯抜け」と呼ばれるこの仕掛けは、逃げ場を失った夫の伊右衛門を戦慄させ、じわじわと破滅へ追い込んでゆく見せ場となっている。
Lore
鶴屋南北作『東海道四谷怪談』(文政8年・1825年、江戸中村座で初演)に基づく。民谷伊右衛門に裏切られ、毒で容貌が崩れて死んだお岩が、亡霊となって夫に祟る筋である。北斎は錦絵『百物語』の「お岩さん」に破れ提灯と一体化した顔を描き、側面に「南無阿弥陀仏 俗名いわ女」と記して、霊が提灯へ乗り移ったさまを表した。
Traits
憑く相手は、自らを陥れた夫ただ一人にほかならない。無差別に人を襲うのではなく、火影のゆらめきや紙の破れ目といったふとした暗がりを選んで顔を出し、相手の正気を少しずつ削っていく。上目づかいの表情には憤怒とともに深い哀しみがにじむとされ、見た者の胸に長く尾を引いて残る。