通る者を水底へ誘う池の怪
池の魔
イケノマ
財布も下駄も、きちんと岸に残されていた。ただ、それを置いた者だけが、どこにもいない。たそがれの池は、理由を問わずに人を招く。
Overview
池のほとりを通る人を魅了し、理由もなく池に身を投げさせる魔力を持つ。
Encounter
日が傾くころ、ただ一人で池のほとりの道にさしかかった者が危うい。あたりに人けが絶えると、なぜか吸い寄せられるように水際へ歩み寄り、そのまま底へ沈んでしまうという。耕地整理の行われる前、この地に大小の池が点在していたころ、たそがれの水辺はそうして人をのみ込む場所とされた。
Lore
身を投げる理由のない番頭が、集金してきた財布と下駄を岸に置いたまま沈んでしまった――そんな出来事が、池の「ぬし」や魔のしわざとして語られた。水に引き込まれかけたら小便をすれば正気に返るとも戒められている。井上頼数「憑物雑話六則」(『民族と歴史』1922年)に採録された、旧四郷村の伝えである。
Traits
姿を見せることのない池の力で、夕暮れにただ一人歩く者の心をふと奪い、みずから望んで水へ入るかのように、あらがいがたく引き寄せる。抗う術は正気を保つよりほかにないとされた。池ごとに棲みついた「ぬし」の気配とも語られ、人けの絶える刻限にこそ、その力は強まる。