無礼者を石で戒める姿なき化け狸
真面目な幻獣
こつん、と戸を打つ小石。眠れぬ夜にだけ、それは聞こえる。害するつもりはないらしい——ただ、正すべきものが正されるまで、闇の向こうから一晩じゅう、律儀に投げ続けるのだ。
Overview
庵の戸や壁に石や砂を投げつけてくる正体不明の生き物。無礼な者や不真面目な者をたしなめ、反省を促す教訓的な妖怪として紹介される。
Encounter
紀伊国の山奥にぽつんと建つ一軒の小屋が舞台となる。学問のため山中の和尚を訪ねた者がそこに寝泊まりすると、夜ごと外から、砂や小石が壁や戸に投げつけられるような音が響きはじめる。姿はいっこうに見えず、眠りの浅い者だけがその音に怯え、熟睡している者は何ひとつ気づかないという。
Lore
『今古奇談一閑人』(1804年)に記された怪異を、漫画家・水木しげるが「真面目な幻獣」と名付けて妖怪として紹介したものである。
原話では、紀伊国の学者・水野蘆庵と菅野静斎の二人が、山中の和尚のもとで学ぼうと山奥の小屋に一週間滞在すると、夜ごと砂や小石を投げつけられるような音に悩まされた。六日目の夜には雷が小屋を直撃し、逃げ出した蘆庵は難を逃れ、熟睡していた静斎は危うく命を落としかけたという。和尚は、その小屋に古くから棲む化け狸が、蘆庵には眠りの尊さを、雷は静斎に眠り過ぎの戒めを説いたのだろう、と解いたと伝わる。姿を見せず砂や小石を投げる怪異には、長崎・佐賀の石投げんじょやシバカキなど各地に類話がある。
Traits
決して姿を見せず、砂や小石を投げつける物音だけで人に働きかける。むやみに危害を加えるのではなく、その音は相手の心の隙や不真面目さを戒め、身を正させるために向けられるとされる。眠りの浅い者、後ろ暗いところのある者ほどその気配に脅かされ、泰然として動じない者は何の害も受けない。物を投げる怪異でありながら、どこか折り目正しい、律儀な戒めの主である。