積もった恋文の情念が、女の姿をとった付喪神
文車妖妃
読み返されることのなかった、千束の文。その一枚ごとに封じられた想いが、いま一人の女となって、あなたをじっと見つめている。
概要
書物や文書を運ぶ「文車」に積もった手紙——とりわけ恋文に託された人の情念が、寄り集まって形をなしたとされる妖怪。鳥山石燕が描いた姿は、豊かな髪を乱し、書きさしの巻紙を手にした女である。器物に宿る付喪神の一種に数えられる。
出現
古い書状の堆積する内裏や寺院、公家の屋敷など、文車の据えられた場所に現れるという。読み捨てられ、あるいは返されぬまま朽ちていった文が幾重にも積もり、その念が凝ったとき、うずたかい紙の陰からそっと女の姿が立ちのぼる。
伝承
鳥山石燕が『徒然草』の一節「多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵」から着想して描いたもので、書いた者と読んだ者の思いのこもった文は、千束もの玉章となればそれ自体が化けもしよう、と石燕は解説に記す。捨てられた恋文の執念が鬼と化して人に迫るという類話も、古い怪談集『諸国百物語』に見える。
特徴
その正体は、文字に託された人の情念そのものである。書き手と読み手の思いが強くこもるほど文は力を帯び、返されぬまま朽ちた恋文が幾千と積もれば、やがて女の形へと凝る。晴らされぬ想いを束ねた身ゆえ、古い文を粗末に扱い捨て去る者の前に、音もなく現れると語られる。