朧夜の大路に軋む、遺恨の牛車
朧車
きしり、きしり。牛のいない車が近づく。簾がふと持ち上がる——見てはならぬと知りながら、足はその場に凍りついて動かない。
概要
牛車の前面、簾のかかるべき所に巨大な顔が浮かぶ妖怪。鳥山石燕が『今昔百鬼拾遺』に描いた。平安の貴族が祭礼見物の場で起こした場所争いの遺恨が、乗り捨てられた牛車に凝り固まったものと伝わる。
出現
春の朧月夜、京の大路に牛車の軋む音が近づいてくる。牛も御者もない一輌が闇に浮かび、音を頼りに歩み寄った者の前で、簾の奥から憤怒の形相がぬっと突き出されるという。
伝承
石燕は賀茂の大路で朧夜に響いた車の軋みを異形のものとし、「車争の遺恨にや」と結んだ。車争いとは、賀茂祭などで貴族が牛車の見物場所を奪い合ったことをいう。『源氏物語』葵巻で六条御息所が車争いに敗れ、生霊と化した逸話を踏まえるとされる。
特徴
簾の奥に現れる顔は怒りに歪み、置き去りにされた恨みをそのまま宿す。人を襲い殺めたという明確な話はなく、害よりもむしろ、朧夜にその形相と対峙した者を竦ませ、その場に立ち尽くさせる怪として語られる。