故事から生まれた沓の付喪神
沓頰
くつつら
瓜畑では沓を履き直すな、李の木の下では冠を正すな——疑いは、正そうとするその手つきから生まれる。打ち捨てられた沓の付喪神は、たった一つの戒めだけを頰に刻んで、夜の紙面をそっと歩いてゆく。
概要
履き古された沓が年を経て化けた付喪神。中国の故事「李下不正冠」をもとに鳥山石燕が創作した。
出現
現実の里に語り継がれる妖怪ではなく、絵師が夢に見た体で紙上に描いた付喪神である。長く履かれて打ち捨てられた沓が、持ち主の去った土間の隅で年月を経て、ひとりでに目鼻をそなえ動き出す——そんな器物の化けとして、書物の見開きのなかにだけ姿をあらわす。
伝承
『百器徒然袋』の解説は中国の逸話を引く。鄭瓜州の瓜畑に瓜を食う怪異が現れ、霊隠寺の僧が与えた護符を畑に置くと怪異は絶えた。のちに護符を開くと「李下不正冠」の五文字のみが記されていたという。石燕はこの故事と、『徒然草』に冠と沓が続けて説かれる件を踏まえ、沓頰を長冠と対に仕立てた。
特徴
疑わしい振る舞いを戒める故事を宿した付喪神で、瓜畑や李の木の下でうかつに身なりを整えようとする者の前にあらわれ、無用の疑いを招くなと諭すような気配をまとう。人を害する力は語られず、古びた器物にも人の道徳が宿るという寓意を、対をなす長冠とともに担っている。