川と淵に棲む妖怪の代表格
河童
ガタロ(ガタロウ) / ヒョウスベ(兵主部) / カワランベ / エンコウ / メドチ / ガラッパ / スイコ(水虎) / カワッパ / カワノトノ / カワコ
「一礼を返すのが河童の流儀。皿の水さえこぼさなければ、あなたはきっと勝てない。」油断すれば尻子玉ごと引きずり込まれる渕の底で、今日もキュウリ片手に相撲の挑戦者を待っている。
概要
水の妖怪の代表。相撲が好きで尻子玉を抜く。馬を水中に引き込むいたずらをする。土地により呼び名が多彩。
出現
泳ぐ子どもや、水を飲ませに来た牛馬をねらい、岸辺に近づいた者へ不意に相撲を挑んでくる。応じて渕へ踏み込めば水底へ引きずり込まれ、尻子玉を抜かれるという。日が暮れて人けの絶えた渡し場や、淵、用水路のよどみは、とりわけ河童の領分とされ、水音がしても振り返るなと戒められた。
伝承
河童は水辺に棲む妖怪として日本各地に伝わり、地方によってガラッパ、ガタロウ、ヒョウスベ、カワランベ、エンコウ、メドチ、カワッパなど多様な呼称を持つ。「河童」という名称は「かわ(川)」と「わらは(童)」の転じた「わっぱ」が結び付いた「かわわっぱ」に由来するとされる。
文献上の言及としては、室町時代の辞書『下学集』(1444年頃成立)に「獺老いて河童に成る」との記述があり、江戸初期の『日葡辞書』(1603年刊)にも川に棲む獣として「カワラゥ」の項が見える。江戸中期の『和漢三才図会』(1712年)には牛馬を水に引き込み血を吸うとする記述が、『物類称呼』(1775年)には頭に水を湛える皿状の凹みがあり、これを失うと力を失うとする記述がある。
民俗学の分野では、柳田國男が『山島民譚集』(1914年)などで、河童駒引の伝承を水神信仰の零落したものとする説を唱え、石田英一郎は『河童駒引考』(1948年)で馬・牛と水神を結ぶ比較民族学的研究を行った。折口信夫は『河童の話』(1930年)で、頭の皿を田の神の笠に、甲羅を蓑に由来するものと論じている。また小松和彦は、近世に賤視された「川の民」のイメージがカワウソやスッポンなどの動物像と結び付いて河童像が形成されたと指摘している。
河童にまつわる伝承は各地の神社や寺院にも残り、福岡県久留米市の北野天満宮には「河伯の手」と呼ばれる手のミイラが、佐賀県伊万里市の松浦一酒造や栃木県益子町の妙伝寺にも全身のミイラと伝わる遺物が保管されている。江戸時代には河童とされる生物の捕獲記録も複数残されており、天明3年(1783年)の福岡・百道、享和元年(1801年)の水戸藩東浜、文政3年(1820年)の土佐・四万十川などの記録が知られる。
特徴
河童は日本各地の川や沼、渕に棲む水辺の妖怪で、九州ではガラッパやヒョウスベ、東北ではメドチ、中部地方ではカワランベなど、地方ごとに呼び名を変えて知られている。
体は子供ほどの背丈で、背には甲羅を負い、口は嘴のように尖り、頭の頂には水を湛える皿状の窪みがある。この皿の水が生命力の源であり、こぼれてしまうと途端に力を失い、動けなくなってしまう。
相撲を好み、川辺で人を見かけると勝負を挑んでくる。ただし律儀な性分でもあり、挑む前に一礼をされると同じように頭を下げ返してしまう癖がある。その拍子に皿の水がこぼれてしまえば、もう敵ではない。
人や馬を水中に引きずり込み、肛門から尻子玉を抜き取ろうとする。伸縮する腕を持ち、牛馬の尻から血を吸い尽くすこともあるという。一方でキュウリを好み、これを川に流しておくと機嫌をとることができる。逆に、鹿の角やササゲ豆、麻幹の匂いを嫌って近寄らない。
普段は水中で静かに暮らしているが、悪さが過ぎて捕らえられると、二度と溺死者を出さないという証文を残して放免されることもある。人間との約束を違えない義理堅さもまた、この妖怪の一面である。