沼に死んだ武士が化した光る蝶
蝶の幽霊
空が曇ると、沼の上に一匹の蝶が舞う。翅は薄闇にかえって美しく輝いて——晴れた日には、決して。あれは水底に沈んだ武士が、まだ帰れずにいるのだと、里の者は声をひそめて語った。
概要
秋田県仙北郡に伝わる怪異。別蝶沼という沼に落ちて死んだ武士の化身とされる蝶で、空が曇った日を選んで現れ、翅を美しく輝かせながら飛ぶという。
出現
空が翳って一面に曇った時分、別蝶沼のほとりにその姿は現れる。晴れた日には決して見えず、鈍い光のなかを一匹の蝶が、ひときわ美しく輝きながら舞う。里の人はそれを、水に沈んで果てた武士の生まれ変わりと見た。
伝承
伝承。この蝶を、沼に落ちて死んだ武士の化身とみるのは、死者の魂が蝶や蛾となって帰るという古い霊魂観に根ざす。曇天にだけ輝く姿を、水底に果てた者の未練の顕れと受けとめたものとされ、博物学者・佐藤清明が編んだ『現行全国妖怪辞典』(1935年)にも記録がある。
特徴
姿を見せるのは決まって曇りの日で、晴れた空のもとには現れない。薄暗い曇天のなかでこそ、その翅は玉のように際立って輝く。人を襲うことも害することもなく、ただ沼の上を静かに舞うだけの、哀れを帯びた蝶である。